メリハリのない意識と行動によって、もっと大事な人、物、事の<境界>に影響します。
境界とは、わたしとあなた、私の気持ちとあなたの気持ち、私の身体とあなたの身体、さらに、こちら側と向こう側、これとそれ・・・
私もあなたも大事、こちら側も向こう側も大事、これとそれも大事・・・
その間にあって個を示すが境界です。
なんでもないようなメリハリのない行動の積み重ねが、自律心を狂わせて、ユル〜イ感じに麻痺して、越えてはいけない境界線を無断で越境することに無頓着になります。
■境界
境界は、人と人の間はもちろん、身体、感情、責任、モノ、こと、そして時間にもあります。ルーズになるほど、自分が誰かに支配されても、あるいは支配しても、気がつかないようになっていきます。
男女が恋におちて、溶け合いたいと思う熱情はうらやましい限り?
いいえ、とんでもない。愛するほどに境界をしっかりしておく、それが愛すること。
互いに尊重する心を大切に扱うからこそ愛は続きます。
どんなに親しくてもわたし宛に来た手紙の封は勝手に開けないでほしい。
携帯電話の送受信歴は見ないでほしい。
カバンを開けたり、日記を読んだり、身体に触ったり、選択したことに文句言ったりしてほしくないでしょう。
これは健全な要求です。健全な関係です。
親密さは健全と共に育つもので、あなたとわたしの<境界>が守られることで可能になります。
こういう光景を目にしたことはありませんか?
コンビ二で買ったラーメンを関係のない店先に座り込んで食べて、そのゴミをそのまま放置していく、あるいは自転車を無断で店先に駐輪して、関係のない店で飲み食いして平気というのは、境界に麻痺しているひとが増えている証明。
その無自覚に、困っているひとがいることからも分かるように人間関係の乱れそのものなのです。
このような傍若無人な振る舞いが増える一方で、乱れは大切な人との間でも起こっていて、愛情を交わす関係に著しい困難さが見受けられるようです。
コミュニケーション不全、親密さの経験不足による過剰な期待と失望によって、親密な関係が作れない人が増えています。
親密さは、一心同体になることではありません。
親密さは、対等な関係にしかうまれません。対等な関係は境界をは
っきりと意識することから始まります。
対等とは互いを尊重することです。親子であっても同じです。
自分が境界を侵していると同時に、相手から侵されている場合もあります。
自分が被害を被っていることもあれば、被害を与えている場合もあります。
自分の境界線が、どうなっているか、次のチェックをしてみてください。
▼次の項目で該当するものに○してください。
クリックでPDF
0〜3点 |
l境界線がしっかりしています。 |
4〜6点 |
境界線が曖昧で人間関係に問題が生じることも |
7〜9点 |
境界線が支障があり、人間関係のトラブルが少なくない |
10〜12点 |
境界線が支障があり、人間関係のトラブル が多い、プロのサポ−トで早期正常化 |
13点〜 |
境界線がなく、自分でマネジメントできない状態。プロのサポ−トが不可欠、 |
サカイ式ライフスキル講座「自分を好きになる作法1
■境界がなぜ大切なのか。
境界線が壊れていると、人間関係にトラブルが多発します。
境界は目には見えない立入禁止の領域です。
境界の向こうとこちらには、互いに自分の世界があり、個人銘々に別の「人格」があり、尊重される権利があります。
その意味は、恋愛がなぜ、ひとを高揚させるパワーを持っているのかという課題に発見できます。
いかに恋しても、誰よりも恋い焦がれても、相手には自分の価値観があり、意志があり、判断があります。他者を思い通りにコントロールできないし、してはいけないものです。
恋愛は昔から権力や財産をもってしても思い通りにならない高貴さによって、特別な価値を持ちました。あなたは私と別人格であるという境界によって、恋した異性が思い通りにならないことに悩み苦しみます。
しかし、だからこそ恋愛が可能なのです。私とあなたは同人格であるなら、単なるナルシストでしかありません。
恋愛は別の主体性をもった相手が独自の判断で、主体的に自分に好意をよせてくれることで恋愛が至福になり得るのです。
もし相手の尊厳を踏みにじって、相手の関心を得ても、無意味で、そこには何の価値もなく嫌悪感が残るしかない構造なのです。
この世界には、正常な境界をキープしているからこそ好きになってくれる人がいます
このことから、境界の手前で苦悩し、相手の尊厳を守るだけでなく、実は自分の尊厳を守っていることが分かります。(自律心とはなんと素晴らしいものでしょうか!)
境界は人間の尊厳です。
境界はどのような角度からも心地よさの絶対条件ではあるけれど、時には痛みになることもあります。どれほど気にかけても身代わりになれないからです。特に依存的な傾向が強い人にとって境界は空虚を感じさせます。一線を越えて甘えたくても甘えられない切なさは、我慢を強要されることになるからです。
それでも境界を守ろうとする自律心は、心地よさと痛みの最善を司るスキルです。
痛みがあったにしても、境界によって生じるストレスは、自分をよりよくするためのよいストレスです。
親密さの意味を間違えば、境界の混乱と価値を崩壊し不毛の関係を作ります。
よいストレスであることに気づかないまま、負のストレスとして扱ってしまいます。
境界に慣れるには、まず境界の意識を整理して、自分と他者は別の人格、互いに尊重される世界があることを明確に意識することから始めて、次に境界に弾力性を加えるようにします。
・ 相手の感情と自分の感情は別
・ 相手の感情に自分は責任をとらない、自分の感情を相手のせいにしない
・ 自分の感情は自分の支配下にある。
・ 相手の感情をコントロールしない、
・ 自分の感情を表現するか、しないかは自分が決める
・ 自分の行動は自分が決める、同じく相手の行動は相手が決める
・ 自分の行動を相手がどう評価するか、わたしの価値に関係ない
■境界をゆるめる
境界は固定したものではなく、相手や状況で主体的に変えていいフレキシブルなものです。
相手や状況で変えるのは自分勝手ではないかと思うかも知れませんが、そうではありません。
主体性は自分にあります。相手も同じです。自分には自分の事情があるように相手には相手の事情がある。それを互いに認め合い尊重する基本的な人権です。
境界がフレキシブルなものでなければ壁になります。
壁はコミュニケーションの断絶(ディスコミュニケーション)を意味します。境界は壁ではありません。
過去のつらい体験で、自分を守るために境界を強固な防壁にした人もいます。
しかし私たちは、共同体で暮らしているので、壁の向こうにいることはやがて苦痛になります。
非力なこども時代と違い、いまでは壁は不必要になっていても、習慣が壁の向こうに閉じ込めます。いまとなっては、どうしていいのか判らないのです。
自分で壁を撤去することも出来ず、撤去してほしいと助けを求めることもできず立ち往生している人がたくさんいます。
この種の人にとって、壁と境界の違いを理解出来ていない場合がほとんどです。
壁は境界の強固なものではありません。境界の上に壁を作っているわけでなく、境界のないところに壁を作っているのです。
可哀相に境界があることを知っていたら壁を作ることはしなかったでしょう。
万能感の処理がうまくできないために、限界と境界を認識しないままに成長して、未だに整理が出来ていないまま、壁を作って自分を守る以外に方法を知らなかったのです。
人間関係が苦しい人は、限界と境界を認識して、防壁を作っていないか意識しましょう。
ゆっくりでいいので、勇気を出して壁を取り払うようにします。
壁を取り払うと丸裸になるような錯覚が起こり、恐怖を感じます。自分が他者の言いなりになるように感じるからです。それでなくても他者を気にして暮らしています。
他者と比較し、不足を感じ、否定されているように思い込み感じているのを、覆い隠すために作り上げた壁がなくなるのは、蔑まれ嘲笑われる不安に叩き潰される気持ちに陥ります。一体どのようにして、壁を撤去し、その後に境界を作るのか、想像出来ない世界なのです。
この困難を可能にする光明が「気づき」です。
どうして自分はこれほど苦しいのか、なにか間違っていないか、気づきが励ましになります。
境界がないと、次のような現象が起こります。
・依頼されたり、期待されたら、断ると悪いと思ってしまう。
・断っても安心な人には、平気に断ることができる
・相手の考えに合わせて、自分の考えを変えてしまう
・自分の意見を相手が受け入れるか不安で率直に言いにくい
・(自分を受け入れる人には、気を使わずに話す)
・相手が怖くて自分の思いを言葉にできない(安心出来る相手には平気で言う)
・欲しいものや必要なものがいえない(信頼している人には不満を言う)
・ひとの意見に合わせる(信頼している人には合わせない)
・自分で決断できない(文句を言って相手に決断させる)
・相手の気持ちのすべてを自分のものにしたい
・相手を自分に合わさせようとする
・批判されると落ち込む、カッとくる
・相手が悲しんでいると自分が後ろめたく感じる
・他者の責任を押し付けられる
・相手の問題解決に必死になる
・自分よりもひとの世話をする
・相手が楽しそうでないと自分が責任を感じる
・自分の幸せは相手にかかっていると思う
・相手の問題解決のために相手以上に躍起になっている
・相手があなたを幸福にしょうとしている
・相手があなたの問題を解決してくれる
・あなたを相手の力で幸せにしてくれることを期待している
・相手の不始末の責任を自分がとっている
・休んでいたら悪い気がする
・相手に自分の食事を選んでもらう
・許可なく勝手に部屋に入ってくることを許してしまう
・許可なく勝手に部屋に入る
・健康に障害が出るほどハードな仕事をさせられている
・相手が場にふさわしくない服装だと自分がはずかしい
・疲れているのに他者に世話をさせられる
・不機嫌な態度で相手を変えようと試みる
・自分を傷つけるひとと関係を続けてしまう(自分が相手を傷つけても平気)
・自分だけの時間が持てない(相手が自分だけの時間を持つと不安になる)
・暴力行為を受ける(暴力行為をする)
・勝手に性的な接触をされる(性的な接触をさせるようにする)
・約束を勝手に変更される(約束を勝手に変更する)
・自分のモノを無断で触られる(相手のモノを無断で触る)
・貸したお金を返してもらえない(借りたお金を返さない)
相手との関係性で、相手にされても許してしまうことを、自分がコントロールできる相手には自分がします。自分より立場が強いか弱いかでされる側、する側に変わります。
引け目を感じる一方で、傍若無人な振る舞いという両極端が起こりますが、傍若無人な振る舞いの背景には甘えと信頼があるので、罪の意識が欠如して、時には愛情表現だと思っている場合があります。
しっかりした自分と相手の境界がなく、安心と不安の二者択一で行動が変わっているにすぎないのです。率直、誠実、対等、自己責任から遠く離れて上か下か、強いか弱いか、白か黒か、競争的で両極端な発想です。
しかし、世の中の実際は、上でも下でもなく、強くも弱くもなく、白でも黒でもない場合が大半です。このため、グレーゾーンの交際では、どう対処していいのかが判りにくいので苦手として、コツコツ積み上げて行く関係を避けてしまいます。
人間関係に難しさを感じます。
しかし難しさを感じることが警告であり、気づきのチャンスなのです。
問題なくうまくいってるポーズをやめることが好転への機会です。
■境界を認識する
人間関係を楽にして、自分の気持ちを軽くする方法は、限られた人だけでなく、誰にも同じように、思っていること、感じていることを言葉にして素直に表現できるようになることです。同時に誰にも同じ権利を率直に認めることです。
・ 他者と比較しない
・ 競争的にならない
・ 先延ばししない
・ 思い込み、決めつけは事実の否定なので、しない
・ 「あなたが」「あなたを」をやめ「私は」「私が」主体性のある話し方をする
・ 「しかし」を使わず「それなら」に変える
・ 気持ちがどうであれ、批難、攻撃的な言葉を使わない
・ 気持ちがどうであれ、事実を認めて、言い訳をせずに、潔く認める
・ 気持ちがどうであれ、対決姿勢のある口調は使わない
・ 気持ちがどうであれ、親しい人ほど感謝の言葉を忘れず多用する
以上の点に気をつけますが、共通しているのは「あるがままに」と自分を主体にする点です。
言い出せば理由はいくらでもつけられるので、行動にも注釈がつけられますが、複雑になるだけです。
自分を責任者にして「あるがままに」話す。「あるがままに」行動する。素直で率直、自己責任で行動します。は周りの人にも同じことを認めます。
最初は、他者との関係が混乱して距離がとれずに傷つくこともあります。
失敗は仕方がないことで、再び壁を作ったり、自分を責めたり、希望を失わず、あきらめず境界を作るようにします。
境界を用意しても、境界を無視する人がいます。その場合は、境界を越えないように主張します。「わたしは、そうしてほしくない」と言葉にすることが大事です。
しかし、するい人は、自分の言い分を押しつけて、あなたに責任があるかのような言動、態度を示す場合があります。
境界を変えたいあなたは、境界を作り直すチャンスと考えて、境界の意識をしっかり持って、対処するようにします。
境界を意識するために、まず自他の関係の基本を認識しておきます。
自分の問題は自分の責任で解決することで、相手が責任を負う必要はありません。
同じく、相手の問題は相手の責任で解決することであり、自分が責任を感じることも、負う必要もありません。
コミュニケーションでは「自分のことを考えて、同じように相手のことも考えてあげる」・・・これが基本です。
しかし、他者が気になって相手が見えなくなり、境界が認識出来なくなっている間は、他者に好かれたいと思うと、相手の感情を自分の境界内に入れてしまうので、境界の認識は難しくなります。
それを乗り越えるには、他者に好かれたいと思わないことです。
自分を中心にするのではなく、相手を尊重してあげるようにします。自分が思うこと、感じることを、主語を自分にして会話します。
主語を自分にすることで自分の言葉は自分が責任を負うと同時に、相手の責任にしない状態が比較的容易に作れます。自分が取り残された気分になりますが、そこに境界を発見します。感情的にならず自分が意図的にしたことを認識します。認識が出来るようになったら対人関係でWIN-WINの関係をめざします。
自分の人生は自分の選択と判断、そして行動によって創造すると楽しさは増します。
サカイ式ライフスキル講座「自分を好きになる作法1
は、境界の問題に向かい合っています。
受講していただいた多数の人が 、境界の問題をクリアして、かってない人間関係が作れたと誇りを持ち直していただきました。
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