アサーティブな介護
■介護の目的
「介護の目的はなんですか?」と問いかけられたら何と答えますか?
待ったなしの介護に遭遇して、する方も、される方も、したくてしているのではない、してほしくて任せているのではないのが本当ですから、目的なんかないと思ってもムリはありません。
しかし、やる以上は、両者共に目的がないと、心身両面でハードになるばかりで燃え尽きてしまうこともあります。
特に介護する側は、しっかりとアサーティブな目的を持つことが、局面を変えます。
アサーティブには3つのスタイルがあります。
・アサーティブ
・アグレッシブ
・ノンアサーティブ(パッシブ/受身的)
アサーティブな態度は、率直、誠実、対等、自己責任を基本にした態度です。
アグレッシブは、アグレッシブ(攻撃的)は、自分のことを最優先する態度ですが、際立っているのは、自分の言い分やメリットを獲得するために、相手を言い負かそうと自分勝手な理屈を振り回したり、表向きだけ従ったり、威嚇したり、丸め込んだり、時には暴力に訴えたりするタイプです。
ノンアサーティブ(パッシブ/受身的)は、常に自分より相手を尊重し、自分のことや自分の立場は二の次にしてしまう態度です。意見を伝えても主張することがなく、選択と決断を相手にまかせてしまうことが多いのが特徴的です。
介護に限らず、なにごとにも最適な対応がとれるのは、アサーティブな態度がとれる人です。介護でストレスにギブアップしてしまうタイプは、ノンアサーティブな人、アグレッシブな人です。
結婚するとき、結婚式にこだわり知恵を出します。時には式やハネムーンをめぐってカップルは口論します。それが的外れなのは、本当の的は結婚式の後だからです。
的をはずさないアサーティブな介護、そこに目的があります。
介護される側のつらさを汲み取って、介護する負担を感じさせない。それは何のためでしょうか。心身の衰えの限界に屈するしかない心情に応えてあげる。そこに介護の本質があります。
そこで得られる人間性、困難と向かいって得られるポジティブな我慢力。限界と境界をより深く確かに知るアサーティブな作業でもあります。
それをきれい事と笑い飛ばす人もいるでしょう。介護の目的?馬鹿なことを言うなと一蹴する人もいるでしょう。限界も境界も関係ない。楽したものが得をする。そんな人に介護は不平不満しかありません。時には怒りから虐待行為に及ぶかも知れません。
介護はなれる最高の自分になる自立の修羅場なのです。介護には究極の自立があり、自立が試めされる場なのです。
修羅場にいる人にとっては、ありふれた退屈な日常もいまこの瞬間に集中する時間になります。虫の音が心に響き、カップいっぱいのお茶がオアシスになります。
修羅場を回避した人は、ありふれた退屈な日常は苦痛であり、刺激を消費と快楽に求め続けます。お金を出せば瞬間で刺激になる興奮はすぐに冷め、さらに刺激を求め続けます。
■介護の現実
高齢者社会と少子化社会、その狭間に刻家族。育児と介護の現実は女性の身に降りかかります。
結婚しないで親の介護をする女性、結婚して自分の親の介護をする女性、結婚して夫の親の介護をする女性。一方、介護に注目する夫はまだまだ少ないのが現実です。
しかし介護の場合、不意の怪我が原因で寝たきりになることが多く育児以上に予期せぬ出来事になる場合も少なくありません。あらゆる準備不足からこれまでの生活が一変。この上ないネガティブなスタート、心の準備がないままに、悲鳴から始まり、落胆の連鎖から感情の洪水に押し流されそうになることもあります。
また介護の実態は、家庭単位で違います。相談しても環境が違うので、理解が深まらず空転してしまうことがあります。
■介護の犠牲
・時間と費用がかかる
・努力と愛情と忍耐が必要
・介護不足の不安から自己嫌悪に陥る
・立場の逆転による不安
・いままで出来ていたことができなくなる
・自由時間がなくなる
・パートナーとの関係性が変わる
・周囲からの批判がある
・被介護者からマイナスのストロークを受ける
・説明できない不安に苛まれる
・自分の心身の健康を害す■高齢者の気持ち
若い人には希望があります。高齢者には絶望があります。それは仕方のないことです。
高齢者自身が若いときに高齢者のことを理解しようとしたかどうか、一般的に高齢者自身が一番知っています。そこにあるのは、誰も分かってくれる筈がないという孤独で、絶望的な孤独です。
しかも死を予感させる完治しない病気を抱えています。さらにプレッシャーをかけるように同世代の友人や知人が去っていきます。否が応でもやがて来る日を痛感します。
その上、人生で未処理な問題があると、気がかり、心のこりになるものです。十分に大切にされてきたのなら、穏やかに老後を過ごせる状態にあるかも知れませんが、我慢を重ねてきた場合、不安を揺るがす屈折した思いが潜んでいます。普段は問題ありませんが、何かの拍子に抑えてきたことが噴出する可能性があります。
家族にしたらなにが不満なのか、分からずに、なだめよう、悟らせようとしますが、効果はないものです。そんなときには正しいか、間違っているかではなく、感情を受け入れてあげるのが癒しになります。
感情を行動に発展させない限り、どのような感情も認めてあげるべきものなのです。ノン・アサーティブあるいはアグレッシブな感情的な行動を防ぐうえで効果的です。
信頼関係を作った状態でアサーティブな介護をするのと、そうでないのでは全然違います。
■アサーティブな介護のプロセス/役割分担
介護は大変なもの、と思い込まないことが大切です。
介護をしている人には悲壮感がありますが、思い込んでいることも影響しています。特に感情的になりがちな人には大変です。
実際の負担は決まった基準があるわけでなく、自分の感じ方で決まっています。負担でないと思えば負担でないという言い方もできることを頭に入れておきましょう。
介護の犠牲にならない。
アサーティブな決意とWIN-WINを目標にすることが必要です。
介護が苦しいのは限界と限界の衝突だからです。しかしそう思えば、イエス、ノーをはっきりするしかないことに落ち着きます。
介護される人を自分は変えられないのだから、できることはできるが、できないことはできない。それを基礎に最大限できることをしていくしかありません。
つまり現実を自分のマネジメント&コントロール領域に受け入れます。
これを実現するには、介護の時期を誤らないことです。
準備ができていると実現も容易になりますが、すべて受身のままなんとなくスタートした場合はネガティブなスタートになるため、後手後手でストレスに押しつぶされます。
STEP1.介護を必要としない状態
STEP2.介護が必要となる段階
STEP3.介護が全面的に必要になる段階
介護は、介護される側の気持ちの強さで負担が変わります。スケジュールは、被介護者の立場,心理になって考えましょう。可能な限り介護を必要としない工夫が必要です。過剰なケアは依存へ誘うことになります。
介護が必要となる段階では、受身の介護で、なんとなくスタートするのではなく、目的を持ったアサーティブな介護をするために家庭内に「プロジェクトチーム」を立ち上げます。その上で家族とプロフェッショナルとチームワーク(役割分担)で対応します。
プロフェッショナルには、専門医、かかりつけの医者、公共機関も含みます。
その準備は、早い程いいのですが、遅くともステップ2の段階でしておきます。
次のような意識は持たないことです。
・施設の利用は世間体が悪い。
・自分たちでなんとかできる。
・大事な親を施設にだすなんて許せない。
どの部分を誰がどのように担当するのかを決めて進めます。それで問題があれば調整していきます。その判断基準になるのが「目的」です。
■介護者のケア&サポート
●ヘルスケア
食事と睡眠、そして運動。健康管理にこの3つは欠かせません。
食事は野菜中心にして、ごはんはこども茶碗一杯、それにたんぱく質を卵、チーズ、牛乳などから毎回1点を摂取するようにします。魚や肉類も一切れ程度を加えます。
睡眠は、量も大事ですが、寝る時間で質が変わります。12時までに眠るようにして7時間を目安にするのがいいでしょう。
運動は1日1万歩を心がけます。家事労働はもっとも効果的な運動の基本です。
気持ちが沈んで何もしたくないと思うのは心身によくありません。しっかり家事労働することが健康に欠かせません。
●マインドケア
介護には燃え尽きた症候群になる危険が潜んでいます。真面目で親思いな人ほど、介護に振り回され燃え尽きてしまう人が多いのも事実です。特にノンアサーティブな人は要注意。
しかも、家庭は被介護者だけではないので、あれこれ催促や注文が入ってきます。なんでもないことでも、疲れていると、とげとげしい返事をしてしまうこともあり余計なトラブルも生じます。精神的な疲労を癒すことを積極にすることも大切です。
自分の欲求を忙しいからという理由で否定せずに、気持ちがおさまるようにすることも大事です。我慢力と照らし合わせて自分を甘やかしすぎない範囲でセルフケアしましょう。
●介護のポイント
介護を通じて両者が幸福感を持てることが介護の王道です。アサーティブな行動が欠かせません。憎しみ合うような否定的な介護は介護ではありません。ひとつ間違えば虐待に変わります。アグレッシブな人は要注意です。
自分の暮らしを豊かにしたいのは、誰しも願うことです。介護をするから犠牲にするのではなく、介護でしか得られない豊かさを獲得できるものにしたいものです。
自分が快く介護できることが、幸福な介護の条件です。
イエス、ノーを曖昧にしない。できないことはアサーティブにノーと言う。それには自分の限界に気づくことです。
感情的な行動に走らないように、狭い世界に閉じこもることなく、感情を家族や友人に明確に伝えられる時間を持つことは貴重です。
自分の疲労を放置して、ノン・アサーティブに無理をしていると自分が病気になります。
介護するものがいなくなって悲惨な状態にしないために、休息も介護の内と考えてきちんと取るようにします。アサーティブな介護を心がけます。