「アメリカの男の子なら必ず学ぶことが3つある。ひとつ、憲法。ふたつ、ロックンロール。みっつ、ベースボール。」
自由の香りがプンプンする粋な台詞が嬉しい映画『オーロラの彼方へ』で主人公が愛妻にむかって「キングを聴かないか」とエルヴィスのレコードに針を落とす。「エルヴィスを聴かないか」ではないのだ。アメリカではひとりしかいないTHE KINGなのだ。
エルヴィス・ファンでない人にも是非とも分かって欲しいことは、エルヴィス・プレスリーほどアメリカを包括したアーティストはいないということだ。エルヴィスの中には、ジェームズ・ディーン、マリリン・モンロー、ジョン・ウェイン、レイモンド・チャンドラー、ジャック・ケルアック、ハーマン・メルヴィル、アーサー・ミラー、リンカーン、ロバート・ジョンスン、ハワイ諸島、南北戦争、その他多くのアメリカが入り込んでいる。
これだけ多くのアメリカがエルヴィスの中に入り込んだのは、アメリカがエルヴィスを受け入れ、エルヴィスがアメリカを受け入れたからだ。THE KINGという呼称がぴったりするのは、そういうことである。野望、戦い、出世、栄華、孤独、資本主義、教会ーーーーーエルヴィス以上に「アメリカ」を体現しているものはいない。数えきれない賛辞と片方でアンチ・エルヴィスの声。どちらにしてもコインの裏表でしかない。アメリカと刺し違えた男の偉大さへの愛着だ。
アメリカそのものである男、エルヴィスがアメリカの縮図のような街、ラスベガスのステージを超満員にして、ブルトーザーのような勢いで歌うラブ・ソング<愛さずにはいられない>。
ここにエルヴィスの真髄の一端を見ることができる。
君を愛することはやめられない
そう、僕は決心をしたんだ長い、独りぼっちの時を、
想い出の中に生きるんだって
君を求めつづけずには居られないんだ
そう、云ったところで無駄だけれど
だから僕はただ目分の人生を昨日の夢を見ることで生きるのさ
ああ、あの楽しかった日々、
ほんとに、かつて僕達、一度はそれを知ったね
それはずいぶん昔のことで、今でも僕を悲しくさせるけど
時は傷ついた心をいやすと人は云うイヤー、
だけど君と別れたあの時いらい
時はそのまま止ってしまったんだ
君を愛することはやめられない
そう、僕は決心をしたんだ長い、独りぼっちの時を、
想い出の中に生きるんだ
だって君を求めつづけずには居られないんだ
そう、云ったところで無駄だけれど
だから僕はただ自分の人生を昨日の夢を見ることで生ぎるのさ
ネオンきらめくラスべガスのステージで、言わずと知れたレイ・チャールズの大ヒット曲を、レイのピアノごとへし折るような破壊力で突進している。凄い。
"I can't stop loving you”と雄叫びを上げると、死の旅立ちを見送るかのようにバックコーラス全員が立ち上がり、百獣の王の盲目的な恋の語りが始まる。切々と歌うレイ・チャールズの恋がプラトニックなものとすれば、こちらは狂恋だ。
怒っている。思い続けなければならない理不尽に吠えている。ドラムのビートをものにして、腕をふり全身を動かして突き進む姿にはこちらが固まっていまう迫力だ。死を覚悟で獲物に食いつく瞬間を見ているかのような迫力。
クロージングのド迫力。戦いに敗れたかのように、正面向かって、腰を落とし、全身の力を抜きクネクネと揺する姿。目はうつろだ。倒れていくかのような姿に、観客の女性が絶叫する。それに反応して、不敵な面構えで、ニヤリと笑う。自分がすでに悪魔に魅入られているのを知らせるかのように笑う。悪魔が一瞬笑ったのだ。
エルヴィスはすぐさま全身に力を入れて、溢れる思いを歌い、清水の舞台から飛び降りるかのように、"OH!YEAR!"と叫んで、自分の人生を恋に投じたことを最後に知らせて悪魔に魅入られた男の不幸なバラードは終わる。
なんということだ、これは信じられないラブソングだ。それは明らかにレイ・チャールズの歌に溢れている未練ではない。断腸の思いを怒りでぶちぎって、無為に生きることを選択したのだ。
すごいものを見てしまったような気になる。
観客の目がイキイキとしている。どの顔にも満足感が表れている。
かの有名な曲が、ここまで変わってしまうのかという「創造性」「熱情」への感動。百獣の王は誰をも裏切らずに自然界に身を投じたのだ。歴史が若く、人の手が多く施された、もっともアメリカらしい場所で繰り広げられる「突進の饗宴」には、止まらない繁栄、アメリカの誇りが漲っている。
それでも多くのエルヴィス・ファンも、評論家も不満かも知れない。エルヴィスならもっとすごいことが出来るはずだと。誰よりもエルヴィスもそう思っているかも知れない。しかし、この観客たちの満足感はどう受け止めればいいのか。まだ不満だと思う多くのエルヴィス・ファンも、評論家も、恐らくこの場に居たなら目を輝かせて、「幸せだ」と思ったはずだ。
そう、ボクはいま、とても不幸な気分なのだ。エルヴィスがラスベガスのステージに立っていた時に、全財産を投資しても、仕事を放り出しても、ラスベガスに行くべきだったのだ。(キングのいないラスベガスには何度も行ったのにーーー。情けないことだ。)
道に迷って、ギャングに襲われても、それでもやっぱり行くべきだったのだ。行かなかった愚か者は、ノリノリの<パッチ・イット・アップ>で椅子の上で踊っている黒人の旦那のカッコよさにも嫉妬しているしか能がないのだ。「チクショー!」と夜空、朝空に叫んでも、後の祭りだったのだ。
結局、DVDを何枚も買っても取り返しがつかないけれど、ボクはただ自分の見果てぬ夢を昨日のラスベガスを見ることで生きるのだ。
l can't stop loving you
Well, l've made up my mind
To live in memory of such a long, Lonely time
l can't stop wanting you
Well it's useless to say
So l'll just live my life In dreams of yesterday
Those happy hours, yeah, that we once knew
They're so long ago, they still make me blue
They say that time heals a broken heart
Yeah but time has stood still
Since we've been apart
l can't stop loving you
Well, l've made up my mind
To live in memory of such a long, Lonely time
l can't stop wanting you
Well it's useless to say
So l'll just live my life
In dreams of yesterday