ミュージカル『エルヴィス・ストーリー』はボクにとって1956年にタイプスリップするパワフルな旅である。
音楽は聴いて楽しむ場合と自分で演奏したり歌ったりして楽しむ場合に分けられる。1955〜58年に於けるエルヴィス・プレスリーに身体を貫かれ魂を揺すぶられた若者たち。
エルヴィスの音楽はエルヴィスのような音楽を聴くのではなく、DO IT YOUESELFをポリシー、エルヴィスのような音楽をやってみたいと強く思わせるものだったことを、ミュージカル『エルヴィス・ストーリー』を観ていると、強く感じる。
満ちた暮らし、十分とは言わないまでも相当にエルヴィスへの認知をもって、ミュージカル『エルヴィス・ストーリー』を観ても驚くほどなのだから、当時のショックは図り知れないほど大きい。
しかし、それはとても分かりやすい、理解しやすい、つまり身体が反応してしまう音楽だったからだ。
60年代に続々とイギリスからロック・バンドが登場した背景には、第二次世界大戦の影響で1954年くらいまでイギリス国内では食料の配給制度が続いていたことも大いに影響している。
キース・リチャーズがラジオから聴こえてきた<ハートブレイク・ホテル>を耳にした時、「世界がモノクロからカラーに変わった」というのは、エルヴィスの音楽に子供なりにもエルヴィスに「戦争の終わり」つまり自由、春の訪れを身体ではっきりと感じたのだろう。
配給制度という抑圧は身体が一番知っている。エルヴィスとバンドの声と音楽にはその忌わしい習慣と記憶を粉砕する力があったのだ。
エロ本で目覚める猿ガキと比べればロマンに満ちて、それは人生を変えて素敵。その証拠でもないが、
キース・リチャーズのギグの素敵、年を取るほどに、時に、名優アンソニー・クインが演じた名画『その男、ゾルバ』の有名なラスト・シーン、浜辺で屈託なく踊るゾルバを彷佛させる。心静かに聞けるバラードに癒されるなんて言葉が胡散臭いほどにロックンロールが美しい。
それもこれもあれも、すべては<ハートブレイク・ホテル>から、あるいは<ザッツ・オールライト・ママ>から突然にして始まったのだから。
エルヴィスが生きていたら・・・というのはよそう。数えきれない人々に生命を贈り込んだのだから、それで十分だし、それ以上のことはない。
後年エルヴィスはバラードで実力を見せつける機会が多いが、それを含めて1960年代以降のエルヴィス自身すら粉砕、突破するだけの威力のある身体の音楽こそエルヴィスのエルヴィスならでは。信じられないくらい素晴らしい事件。エルヴィス登場の事実はロックの歴史なんて軽々、軽やかに超えている。
「世界がモノクロからカラーに変わった(キース・リチャーズ)」「脱獄した気分(ボブ・ディラン)「その瞬間、世界は変わった(ジョン・レノン)」口々に語る大転換。その言葉が自然にミュージカル『エルヴィス・ストーリー』のロック・シーンに重なる。
『エルヴィス・ストーリー』で歌われる<Ready Teddy/レディ・テディ><Tutti Frutti/トゥッティ・フルッティ>はリトル・リチャードの作品。リトル・リチャードはテイクを重ねるたびに曲の時間を測定し秒単位で短縮を重ね重ね、弾丸のようなロックンロールを発射するためにスピードアップを図った。
そのスピーディな展開と激しいビート、個性的な声と歌唱力で<トゥッティ・フルッティ>(1955.10月、2位)<リップ・イッツ・アップ(陽気に行こうぜ)>(1956.8/1位)、<レディ・テディ>(1956.8/8位)がリトル・リチャードによってR&Bチャート・インしている。
ジェリー・リー・ルイスと同じく自称「キング・オブ・ロックンロール」。というものの、さすがにエルヴィスには一目置いているようで、エルヴィスを非難する言葉は知る限り聞いたことはない。
しかし<Tutti Frutti/トゥッティ・フルッティ>をビルボードでヒットさせた白人優等生パット・ブーンをはじめ白人シンガーに対する怒りを隠さない。
リトル・リチャードにとってそれらは魂の抜け殻でしかなく、音楽への冒涜に聴こえたのかも知れない。にもかかわらずビルボード2位(パット・ブーン)と17位(リトル・リチャード)の結果は、白人社会の優位以外何ものでもないと感じたのだろう。
リトル・リチャードは1958年に突然に引退を決意する。
「ある時世界が燃え上がり空が熱によって溶けてなくなった夢を見た。しばらくしてフィリピン行きの飛行機に乗っていると突如火を噴きはじめた。私が神に祈ると火が消えた」と語ったのは有名。
傑作<ルシール>を残してその後、1万ドルの宝石を海に沈め、アラバマの神学校で伝道師を志して信仰の道に入った。再びロック・シーンに登場したのは7年後の1965年だ。
俺の可愛いベイビーは
俺の気持ちがよく分かる
たっぷり愛してくれるんだ
朝、昼、そして晩までも
*くりかえし
俺のベイビーに触れられると
まるで世界一高い山に登ったり
世界一深い海に潜ったようないい気分
*くりかえし
俺のベイビーの唇は
赤くて甘いワインのよう
彼女にロづけされるたび
ハイな気分になっちまう
*くりかえし
トゥッティ・フルッティ
Wop-bop-a-loom-bop-a-lop-bam-boom
Tutti frutti,ah rutti
Tutti frutti,ah rutti
Tutti frutti, ah rutti
Tutti frutti, ah rutti
Tutti frutti,ah rutti
Wop-bop-a-loom-bop-a-lop-bam-boom
スーって名前の彼女がいるんだ
とっても気のきくいい娘
スーって名前の彼女がいるんだ
とっても気のきくいい娘
東にロック
西にもロック
彼女は一番のお気に入り
*Tutti frutti,ah rutti
Tutti frutti,ah rutti
Tutti frutti,ah rutti
Tutti frutti,ah rutti
Tutti frutti,ah rutti
Wop-bop-a-loom-bop-a-lop-bam-boom
**デイジーって名前の彼女がいるんだ
彼女は億を狂わせる
デイジーって名前の彼女がいるんだ
彼女は億を狂わせる
***俺の愛し方をよく知っていて
彼女のしてくれることったら
そりゃもう最高さ
*2回くりかえし
**くりかえし
***くりかえし
*くりかえし
それにしても多くのロックンロールはこのように意味不明の言葉に飾られたボーイ・ミーツ・ガールが大半。かなりセクシャルなものが多いにしても、ロック=反体制という図式はどこから生まれたのか?
それはエルヴィス&ロカビリーに対する当時の大人社会の反応そのものであり、それ以上のものでもない。しかしエルヴィス登場直前人気だった映画『理由なき反抗』『乱暴者』でジェームス・ディーンやマーロン・ブランドが魅せた反逆の印象が、ロックンロールにかぶせられたことも一因。
『理由なき反抗』『乱暴者』では車が主人公の身体的特徴を代弁。ロックンロールも同じく精神性に留まらず肉体を代弁した。エルヴィスの動きは精神を動かせる肉体の美。
人は考える葦であるから考え、精神性を重んじる。しかし考えた挙げ句、精神が最後に到達するのは身体だ。最後に身体が反応し、行動が起こる。信じられるのは精神ではなく、身体によって実現される行動であり、身体なのだ。エルヴィスは確かにバラードでも魅了したが、それは身体で語ったからでないだろうか?なるほど編集盤『エルヴィス56』のジャケットのエルヴィスは裏も表も自身のサウンドに耳を傾け考え込んでいる。しかしこの場合もエルヴィスは思考が行くところまで行った後、ロックの音が全身に鳴り響くと、全身でもって表現するに至るのだ。
ボクはミュージカル『エルヴィス・ストーリー』のマルタン・フォンテーヌにエルヴィスを見たとは言わない。別人なのだから見えるはずなどない。そのような表現はマルタンにも、エルヴィスにも失礼だ。マルタンはどこまでもマルタン・フォンテーヌという役者であり、だからこそマルタン・フォンテーヌの芸が素晴らしいのであって、マルタンもまた考えて考えて最後に全身を使ってエルヴィスに迫っている。
マルタン・フォンテーヌはエルヴィス・プレスリーの輪郭を、そのプロ根性で示し、エルヴィスの身体の意味を教えてくれた。ボクはボクでマルタンの動きに自分のイメージを働かせ、56年に突き進んだ。
ミュージカル『エルヴィス・ストーリー』の素敵はマルタンと同じ場所にいることで、エルヴィス体験を共有し、マルタンはマルタンで、観客は観客で、それぞれがエルヴィスへの疑問を問い、自分にとってのエルヴィスとその時代、自分の時代を感じ直すことにあるように思えるのだ。もしマルタンのパフォーマンスが自己満足の表現であったならそんなことにはならない。
身体が動く意味、エルヴィスが「勝手に身体が動くんだ」と言ったその真偽はともかく、マルタンの演技を通して、身体を動かす重要さを思い知らされた。そこで「勝手に身体が動くんだ」という言葉の重みを感じたのだ。そうだ、人間は身体こそがすべてを知っているのだ。
どのような身体であっても、身体こそが唯一信じられるものであり、美しいものなのだ。
そして偶然にもリトル・リチャードの楽曲は身体にこそ神が宿ると言わんばかりだ。意味不明な言葉のリフレインはまるで身体の尊厳を祝うかのようでもある。
少し高い声が生々しい、エルヴィスの声が高いほどに身体が自由に動くように聴こえる。エルヴィス・ミーツ・リトル・リチャード。なんという市井の凱歌!大自然の動揺と抱擁の贈り物。リズムを漂流する胸騒ぎの大騒ぎ。
初夏の夕暮れ、空の下で聴けば、どんな空気にも負けない、さらにリアルなエルヴィス・プレスリーに会える。
Wo p-bo p-a-loom-bo p-a-Io p-bam-boom
Tutti frutti, ah rutti
Tutti frutti ah rutti
Tutti frutti ah rutti
Tutti frutti ah rutti
Tutti frutti ah rutti
Wo p-bo p-a-loom-bo p-a-lo p-bam-boom
l got a gal named
Sue She knows just what to do
l got a gal named
Sue She knows just what to do
She rocks me to the east
She rocks me to the west
She's the gal that I Iove best
* Tutti frutti ah rutti
Tutti frutti ah rutti
Tutti frutti ah rutti
Tutti frutti ah rutti
Tutti frutti ah rutti
Wo p-bo p-a-Ioom-bo p-a-Io p-bam-boom
* * I got a gal named Daisy
She almost drived me crazy
l got a gal named Daisy
She almost drived me crazy
* * *She knows how to love me
Yes indeed Boy, you don't know what she do to me
* Repeat twice
* * Repeat
* * * Repeat
* Repeat