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クリスマスのリース

世界で一番大切な君に話すこと。

リース

たくさんの外国人とともだちになった。
そのほとんどは異国からひとりでやってきて、風のように、また祖国に帰っていった。
離婚をして、計画もなしに、ふたりの幼い子どもを連れてニュージーランドからやってきた女性は、日本で知り合ったドイツ人男性と結婚した後、故郷に帰ったようなケースもある。

自分の国を捨てる人は、基本的にアウトサイダーだ。
そのようにしか生きていけない理由がある。
しかし、みんなどこかへ行ってしまった。
自分の名前をナンバープレートにしてくれた女性もいる。
ニューヨークのペントハウスに住んでいる男は、いつでも来て住んでいいよという。
彼はもとテロリストだった。多分、元だ。現役でないことを信じたい。

アパートのオーナーとトラぶって、ふさいでいた女性がいた。
自分の部屋を空けわたして、彼女に住めるようにしてあげた。
引越しが完了して、ドアをしめ、黙ってドアにリースをつけておいた。

それから2日して、自分は下半身不随の状態で入院した。
彼女の引越しをひとりでやってのけたことが災いした。
持病だった腰痛が極限状態に達した。
彼女は安心して暮らせるようになり、それを気に入ってたが、
日本に馴染めない彼女は、とりあえずクリスマスに実家に帰った 。
将来をどうすればいいのか迷っていた。
入院中だったが、松葉杖をついて、空港まで見送った。
結局、彼女は戻ってこなかった。

再会したのは7年後だった。
デンバーの空港で待っていた彼女は予想した以上に見違えるほど太っていた。
弁護士である彼女の父親は、自分のことをサーとつけて呼んだ。
やめてくれとお願いしても、自分の娘にしてくれたことは誰でもできるようなことじゃないと譲らなかった。

毎朝、キッチンで母親が用意してくれた甘くないトースト。カリカリのベーコン、目玉焼きの朝食を母親と会話しながら食べた。
コーヒーは誰も飲まないこともあって、ネスカフェだ。
大学教授をしていた母親の話は面白くて、毎日昼まで話こんだ。
政治、経済、文化、歴史、町のこと、家族のこと、話は尽きなかった。

ある朝、物価を肌で感じるために、母親が用意してくれたメモ帳と筆記用具を持ち、ふたりで車でターゲットというスーパーに出かけた。
スターバックスがあったので、コーヒーを飲もうと誘い、ふたりで「カフェラテ」を飲んだ。
その翌日から父親は、毎朝、自分のために車を走らせ、スターバックスで「カフェラテ」を買ってきてくれた。

滞在中、彼女はニューヨークに引越した妹の部屋に移動し、自分のために彼女の部屋をあけわたしてくれた。
静かな住宅地の歩道に面した窓からは、アメリカの家庭の匂いが見えた。
いつまでもいたくなるような居心地のいい部屋は、整理されていてムダなものは何もなかった。
卒業写真と祖母の写真、妹の写真が飾られていた。それにクリスマスのリース。
そのリースを自分はどこかで見たような気がしたが、気にしなかった。

そしてある夜、突然、
それは自分が彼女のドアにつけたものだったと思い出した。

 

自分は、自分が知っている人たちの気持ちを花束のように束ねて、★ちゃんの前に立っている。

 

 

 

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