A BIG HUNK O'LOVE
恋の大穴
祝! 9月25日 ELV1S
30 #1 Hits
"エルヴィス/30ナンバー・ワン・ヒッツ リリース!
前祝いだ!
キングのロックンロール
おびただしい数のCDとレコード、派手な衣装を写した写真、
笑顔が溢れるエルビス映画のポートレートの中に
エルヴィス・プレスリーが消えていく時に、
エルヴィス・プレスリーを探さなければならない時がある。
特徴は?と質問されたらなんと答える。
ミュージシャン。それが回答だ。
その証拠に身震いする程素敵なシングルレコードを提出しょう。
Hey baby
I ain't asking much of you
No, no, no, no. no, no, no, no, baby
l ain't asking much of you Just a big-a, big-a
Hunk o'love a-will do Don't be a stingy little mama
You about to starve me half to death
Now you could spare a kiss or two
And stiil have many left No, no, no, baby,
I ain't asking much of you
Just a big-a, big-a Hunk o'love a-will do, that,s right
You're just natural born beehive
Filled with honey to the top
But I ain't greedy baby
All want is all you've got
No, no, no, baby,
I ain't asking much of you
Just a big-a, big-a, big-a
Hunk o'love a-wil do
I got a wish bone in my pocket
l got a rabbit,s foot around my wrist
And not a half of the thing
My lucky charms could bring
If you give me just one sweet kiss
No, no. no. no. no. no, no. baby.
I ain't asking much of you Just a big-a. hunk-a, hunk-a
Hunk-a love. a-wlll do. that,s right
* Just a big-a. big-a, big-a
Hunk-a love. a will do. that,s right
* Repeat 2 times and fade out
全世界15億人が観たといわれるハワイからの衛星中継”Aloha
From ELVIS”。
<アメリカの祈り>への観客の熱狂が覚めやらぬ内に、
矢継ぎ早に、”A BIG HUNK O'LOVE”とバックに告げる。
拍手が続いているなか、 お構いなしに世界最速のピアノマン、グレン・ハーデンの指がしなやかに1959年のロックンロール<恋の大穴>のイントロへ突入。
”さあ、キング、ここまでおいで”と挑発する。
ギターとオーケストラが炸裂。
その後をエルヴィスが追う。
「オレは単なるロッケン屋さ」と言わんばかりの全力疾走だ。
”グレンやってくれ!”
と恋の追跡を促す。
”さあ、逃げろ、ベイビー、つかまえてやるぜ!”
エルヴィスは走る。
このコンサートをリアルタイムで放送したのが日本テレビ。
いまもそのテープは封印がされており厳重に保管されているらしい。
本国との契約条項を遵守されているのだろう。
コンサート終了後、1週間という異例の速さでライブ・アルバムは世界中で販売された。
しかしビデオが販売されるまでには、かなりの年月を要した。
なにより一般家庭に再生する装置がなかった。
歳月が過ぎて「コンサート・ビデオ」が世に出て、
それを手にした時に、その日の感動を思い起こした人は世界中にたくさんいる。
しかし、自分の中には、
同じものであるはずと疑いのない考えと同じくらい、
もしかしたら日本テレビのそれと市販されたそれは別のものだという思いがなぜか自然に形成されていった。
理由は、エルヴィスのカリスマ性だ。
日本テレビのそれをリアルタイムで観た印象は、
エルヴィスの桁違いのスケールの大きさにあった。
ビートルズの日本公演と比較しても、
まったく比較にならないカリスマ性が溢れていて、
それは『ELVIS ON STAGE』『ELVIS ON TOUR』でも経験できなかったものだ。
あの時のエルヴィスは異様に大きく、異状に他と違い、明らかにすべてを超越していた。
市販されたビデオに於いてはそこまでのカリスマ性を感じることができなかった。
願望が叶ってようやく日本テレビの放送したものを鑑賞した。
しかし事実は思い込みと違ってコンサートそのものは同じ映像であった。
そしてやっと錯角の謎が解明された。
日本テレビのそれは、
フランキー堺、松岡きつこを司会コンビにして、
コンサートが始まるまでの進行を務めるもので、
エルヴィスの生い立ちから1973年1月14日当日に至るまでを
紹介していくという内容的には一般的なものだった。
しかし元ドラマーから俳優に転身、
名優にまでなったフランキー堺を司会にすえたことが、
この番組が特別な番組であることを示唆していた。
さらに当日使用されるコンサート会場の客席、エルヴィスの控え室の内部、控え室の前に陣取った日本テレビの部屋の内部を紹介、ステージへの階段、エルヴィスの宿泊していたヒルトンホテル、さらにホテルからコンサート会場までの移動の道のりを実車を使って紹介。
「エルヴィスはこのように会場に入って来ます」と紹介するにあたっては、
興奮せずにはいられない構成になっていた。
番組はいままさにコンサートが始まろうとする直前までこれらを放送し、
「いよいよ始まります」のコメントとともに画面は続々と入場する観客の姿を映し出し、
それにリアルタイムのオープニングテーマ<ツァラトゥストラはかく語りき>が重なり、そのまま一気にエルヴィス登場になだれこむ。
ステージに現れたエルヴィスは乱れもなく整った印象で、緊張のせいか、上気していて、顔がほてているせいか、白い肌がわずかにピンク色で、それがかえってカリスマ性を感じさせた。
『ELVIS ON STAGE』『ELVIS ON TOUR』ですでに見なれているはずの白いジャンプスーツも、「わあ!(他の誰とも)違う!」と思わせるに十分な雰囲気を発散していた。
リアルタイムで観るエルヴィス。それはフィルムでない、
カメラレンズの向こうに、いまそこにいる、初めてのエルヴィス。
それは本当に神々しいまでのエルヴィスであり、二度と体験できない瞬間だった。
ここに至るまでの緊張と興奮を演出したのが、日本テレビであり、日本テレビはこの巨大な企画にチャレンジした。後はエルヴィスに任せるしかない。
エルヴィスは、誕生日1月8日の約1週間後の14日にこのコンサートを迎えた。
おそらくエルヴィスの生涯でもっとも楽しめなかった誕生日だったかも知れない、
しかし最もうれしかった誕生日であったかも知れない。
エルヴィスは当日に至るまでに緊張のために何度も嘔吐したという。
無理もない。なにしろ世界初の試みの衛星中継である。
しかもいわゆる”ワンマンショー”である。
しかもビートルズのようなグループバンドではなく、そのコンサートの良否はひとりで背負うわけだ。
緊張の呪縛から解き放たれようとエルヴィスは奮戦する。
<スティームローラー・ブルース>というブルージーなブルースを歌うところでエルヴィスは自分を取り戻す。
この人の身体には本当に南部人の血と文化が、ロックンローラーの生きざまが脈々と流れていることを感じさせる。
グイグイ力強く、緊張を突き破り自分になっていく瞬間が生身の人間を感じさせてうれしい。
世界相手に勝負しているエルヴィス・プレスリーに到達するのはクライマックス<アメリカの祈り>だ。
したたり落ちる汗、絶賛の拍手がなりやまない。
ようやくエルヴィスが本来のエルヴィスに届いた時、コンサートは終わりに近付いていた。
<恋の大穴>は<アメリカの祈り>の興奮とクロージングの<好きにならずにいられない>の惜別の思いの間で歌われたエルヴィスの愛するロックンロール・ナンバーだった。
ハワイライブとオリジナルのどちらがいいかと問うのはナンセンス。
いずれにしても、これはミュージシャンが遺した少しイカれた素敵なシングル・レコードだ。
エルヴィス・プレスリーの本来は2分30秒に全身全霊で挑み燃焼し完結するシングルレコードに生きたミュージシャンだった。
少なくともサントラに明け暮れるまでは。
その証拠にファースト・アルバム『エルヴィス・プレスリー登場』はRCAの思惑を超えて瞬時にすべてシングル・レコード化されてしまった。
エルヴィスのエネルギーがアルバム・ジャケットを引き裂いて飛び出した。
ジャケットのエルヴィスはここから出せと言ってるようだ。
おかげで2枚目のアルバムはバラードを歌うエルヴィスにさせられてしまった。
シングルレコードはバイブルでなければいけない。
シングルレコードはバカバカしさに満ちていなければいけない。
音楽史上最初に
その意味が分かっていた
ミュージシャンが
エルヴィス・プレスリーだ。
<恋の大穴>はそれを達成している。
シングルレコードの意味が随所にちりばめられている。蓄音機を抱きしめたくなるだろう。
ヘイ、ベイビー、
俺は多くを望んでるわけじゃない
No,no,no,no,no,no,baby、
多くを望んでるわけじゃない
でっかい、でっかい、でっかい恋の切り身が欲しいだけ
けちけちするなよ俺は飢え死に寸前さ
キスの一つや二ついいだろ
減るものでもなかろうに
そうさベイビー、多くを望んでるわけじゃない
でっかい、でっかい、でっかい恋の切り身が欲しいだけ
おまえは生まれつきのいい女
かわいくてたまらない
俺は欲張りなんかじゃないぜ、
おまえのすべてが欲しいのさ
そうさベイビー、多くを望んでるわけじゃない
でっかい、でっかい、でっかい恋の切り身が欲しいだけ
ポケットの中にはウィッシュ・ボーン(お守り)
手首にゃおまもりのうさぎの足までつけている
でもどんなおまじないつけたって比べものにもならないぜ
おまえに甘いキスさえできれば
そうさベイビー、多くを望んでるわけじゃない
でっかい、でっかい、でっかい恋の切り身が欲しいだけ
*でっかい、でっかい、でっかい恋の切り身が欲しいだけ・
2回くり返してフェード・アウト
ピアノが逃げる。Hey baby エルヴィスが追う。
恋のかけひきの幕が切って落とされる。エルヴィスは追う、
愛しのベイビーは逃げる、追って追って、かくれんぼ。
激情がブレイクする。そして最後に愛しのベイビーはエルヴィスの腕の中。
循環するアドレナリンの激流。
同じことが繰り返し全身を駆け巡る。
叩きのめされそうな時にすらエルヴィスは明るさを失わない。
タフで透明で突き抜けている声。
エルヴィスは転覆しそうなボートの上で立ち上がってはしゃぐ。
危険を覚悟して突き進む。永遠の若さと愚かさに満ちている。
ピアノとギターが絡むように炸裂する。
エルヴィスはそれ以上に自分の声を楽器のように扱う。
オレの声。唯一の声、芸術する声。
”これがオレだ!””オレの愛だ!”エルヴィスは声を支配する。
支配できる喜びと支配しなければならない悲しみの交叉するところから爆発する声の音楽。
生きるために幼くしてコントロールすることを覚えてしまった男の感情を爆発させた音楽。
太古からの感情に向きって自分を開放する快感、抑圧された不安が生きる力に昇華して発射される瞬間の”Hey
baby ”ロックンロール。誰もこんなふうには歌えない。
ロックンロールが何であるか教えてくれる。
電気式ギターがロックの中心の時代に声がロックそのものだった素敵が響くだろうか?
独善的で無邪気な確信”a-will do, that,s right ”自分を信じる力が怒りを砕き不安を挑戦に変換して突進する素敵が聴こえるだろうか。
<恋の大穴>は意志が精霊となってマシンガンのように飛んでいく素敵に満ちている。
"No, no. no. no. no. no, no. baby."
愛するベイビーに向かって何が起こっているかを率直に伝える勇気がこの上なく元気だ。
丁寧にデジタル処理がほどこされたCDアルバムにシングルレコードの真髄が30個集められた。
ひとつひとつのどの曲のどの声にも自分を肯定していることが感じとれるはずだ。
”Hey baby ”「世界に自分はたったひとりだよ、自分のままに、自分のオリジナリティを生きろ」多くを望むな、すべてを望め。-------”a-will
do, that,s right ”-------エルヴィスの愛だ。キングを忘れるな。
1958年、当時すでに兵役に就いていた休暇中の6月10日に録音、
1年寝かせて1959年7月12日にリリース、兵役中の1959年8月に全米ヒットチャート第1位になった。グラミー賞ノミネート。エルヴィス屈指の名作のひとつ。
恋の切り身の隣にありのままの自分を肯定した自分がいる。