親密になるのが怖い

親密 不器用女子

親密

等身大の自分の先に

親密になりたいのに、なれない。なるのが怖い。
その揺れる気持ちの向こうには、自分をさらけ出したい欲求があります。
さらけ出した等身大の自分を受け入れてほしい。

しかし、さらけだした途端、拒絶されるかもしれない。
「だれがお前なんか」と言われでもしたら。。。そう思うほど恐ろしい。
そんな惨めなことはないと思えば、足が動かなくなりますよね。

信用できない、つまり信用したら傷つけられるという思いの向こうにあるのは、
コントロールを手放したら、何が起こるか判らない。
だからぎりぎりのラインをコントロールしながら歩く。

白か黒か

その苦しさに一番のポイントは、
すべてか無か、白か黒か、右か左か、上か下かという発想です。

しかし、現実は、両極端ではなく、中間がほとんどです。
そして、人間にはコントロールできることと、できないことがあります。

できないことの見本として自然はそのいい例ですが、
歩いていたら、自転車が飛び出して来た。
なんていうのもコントロールできません。
しかし、そういう場面で自分がどう対処するかは、自分が選択できることですので、コントロールできます。
なにがコントロールできて、なにをコントロールできないのか、勘でやっています。
長い間、そうしてきたので、なんとなくコツをマスターしているつもりです。

でも自分が思っている自分と、実際の自分の間には思い違いがあります。
それを見極める力こそ必要なのです。

その上でコントロールできることはコントロールするのが自分の力なのです。
なんでもコントロールすることが力ではないのです。

自分をさらけだす勇気

勇気

親密になるとは、互いに自分をさらけ出す事です。
そこで生じる不安があってもおかしくはありませんが、
もし本当に恥ずかしいと思う事があれば、コントロールすればいい。

つまり成長するようにしたらいい。
それを含めて一歩ずつ歩みよるようにしてください。
どういうことかと言うと、好きな異性と初めてのデイトをしたと仮定します。

そこで、いきなり自分のことをさらけ出すと、相手も驚いてしまいます。
すると、困惑して離れようとするかも知れません。
あなたは傷ついてしまいます。
逆に、なにも出さないと、相手は嫌われたと思い、
やはり離れようとするかも知れません。
この場合もあなたは傷ついてしまいます。

つまり、あなたを愛していても、コミュニケーションの仕方の問題で、
うまくいかなくなるなのです。
互いに安心できる範囲で、少しずつ、歩み寄るようにしていけばいいのです。

自分が相手を傷つけている

なにより思い出してほしいことがあります。
人はどんなに大切にしているひとでも、知らずに傷つけてしまうのです。

その理由は骨董品を扱う知識がないひとが骨董品の手入れをして
傷つけてしまうように、知識がないのが原因です。
同じことを気がつかない間に、自分がしているという事実に目を向けてください。
「そんなつもりはなかった」ということがたくさんあるはずです。

白か黒か、すべてか無か、ということはナンセンスなのです。
完璧主義が働きすぎると、現実から遠く離れてしまいます。
ひとは完璧でないから、愛され、愛したいと思うのです。

分かっていても、自分の記憶が、自分を動かしてしまいます。
しかし、記憶にある人と、今、目の前の人は別人。

そう言いたいですが、同じような人を選んでしまうのも現実。
つまり、同じ体験をすることで、過去の記憶を強化してしまうのです。
なぜなら、強化したいからです。
だから、あなたの行いは、強化に向かって突き進むのです。

現実を見ているわけでなく、現実を歪めてしまうのです。
困惑して離れようとさせたり、傷つけることで、親密になったら傷ついたという状況をあなたが作り出すのです。

こんなことをしても無意味です。思い切って自分をさらけだしましょう。

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