こんにちは。人生100年時代の心と身体とお部屋をゴエスする「マインドフルネス実践講座」コーチ、特別な一日日本代表ゲンキポリタンあなたの願いを実らせるミノルさんです。
「あまのじゃく」、漢字で「天邪⻤」な人とは、つい⾃分の本⼼とは真逆の⾔葉を⼝にしたり、⾏動してしまう⼈のこと。アサーティブの真逆を強引に突き進む感じですね。
“天邪⻤”な⼥性は⾃意識過剰な面があり、⾃分が他の⼈からどんな⾵に⾒られているか、思われているかを、とても気にします。自分のことをきちんと伝えるのがアサーティブなのに、自分のことを知ってもらいたくてアサーティブになれない。なんかヘンですよね。
自分を気にして、アサーティブな自分になれない、“天邪⻤”のメカニズムをご説明します。
引き裂かれた自分
“天邪⻤の原因は「自己否定感」が強いことにありますが、自分の長所を見つけてほしいと願っている人でもあります。つまり自分からアピールすることを良しとしていないので、無意識に相手に見つけてほしいと願ってしまうのです。
アサーティブであるために、主体的に自分を表現しなければ伝えることができません。
“天邪⻤”な人は自意識過剰なのに、実は相手に従属的という実に奇妙で複雑なメカニズムな人です。
自分の長所と短所がぶつかって自己評価が引き裂かれてしまうのが原因といえます。
客観的な評価はさておき、ついつい完璧主義になってしまうのです。
特に自分が大事にしたいこと、していることでは、傾向が強くなります。
自分には分不相応だと感じて逃げ出したくなるようです。
相反する感情の葛藤から一貫性がなくなるのは仕方がないでしょう。
天邪鬼に隠された切実な願望
“天邪⻤”な⼥性は、相⼿を困らせる、不愉快にさせる、あるいは意味不明なことで、⾃分の存在をアピールしています。
深層では「かまって欲しい」と強く願っていますが、完璧主義が邪魔して素直になれないのです。
意味不明なアピールから察することができるように、アピールできればなんでもいい切実さが伺い知れます。
天邪鬼な女性に夢中になる男性
男性が、その切実さを察して“天邪⻤”の裏腹な⾔動に気付くと、放おってはおけなくなってしまいます。
共依存の関係が求愛ポイントになりますが、知られたくない思いの強さが半端ないので、不合理ですが、成就するまでのハードルの高さも半端ではありません。つまり傷つくことは避けられません。
傷つけられることが愛情表現になってしまうので、頭で理解するだけではヘンになることも覚悟しておく必要があります。
そのガードの固さは「演技」ではないことに起因します。
六波羅蜜 に学ぶ「本質」
仏教においては、さまざまな苦難や他者からの迫害に耐え忍ぶことを忍辱(にんにく, パーリ語:khanti , サンスクリット語:Kshanti)といいます。この忍辱の行を修することを忍辱波羅蜜といい、六波羅蜜のひとつに数えられます。
現在、野菜売り場で売られている「ニンニク」の語源は、この「忍辱」と言われています。
六波羅蜜(ろくはらみつ)とは、涅槃(ねはん)の彼岸に達するために、菩薩(ぼさつ)が行う、六種の修行のこと。
布施、持戒、忍辱、精進、禅定、慧があり、それぞれで完璧にやり遂げようとします。
- 布施は、施すこと
- 持戒は、戒律を保つこと。 智慧によって欲望を制御して,悪を行わないように主体的、自覚的に実践すること。
- 忍辱とは、苦難、迫害に耐え忍ぶこと
- 精進は、一つのことに精神を集中して一生懸命努力すること
- 禅定とは、一つに集中して心が動揺することがなくなった一定の状態のこと
- 慧とは、事の道理を見抜く力を発揮すること
完璧という意味は、気持ち(在り方)も含めた自分自身の能力を使うということで、決して完璧な結果という意味ではありません。結果に囚われて自分自身を発揮できないというのは本末転倒です。
一流シェフの気概
“天邪⻤”な人との恋を成就するには、六波羅蜜に取り組む気概を実践することになります。
裏返せば、それほど強いトラウマになる体験をしている可能性が潜んでいるということです。
恋を成就させることは、トラウマからの救出になりますが、そのような意識の持ち方は上から目線になるので、絶対にお勧めできません。
「六波羅蜜」をやり遂げるとしても、義務感、正義感ではなく、美味しいお料理を用意する程度の意識で貫くようにしましょう。
特有の甘えかた
“天邪⻤”な⼥性は、周囲から注⽬されることが好きです。
なので趣味も他の人がしないようなことに手を出します。
人と違うのは差をつけたい願望が働くからですが、強い願望の正体は自己肯定感の低さです。
なので誰かに嫌われるのは耐えられほど嫌なのです。
なので、わざわざ初対⾯の人や心理的に距離がある相⼿の機嫌を悪くさせることはしません。
好かれる様な応対も⼼得ています。
但し、距離が近くなる程、ワザと“天邪⻤”な態度をとって⽢える傾向がでてきます。
信頼関係があると思っている相⼿にしか“天邪⻤”は発揮しません。
本⾳を知られてしまう羞恥⼼、弱みを握られるのが嫌なので、好きな相⼿だからこそ「特有の⽢え」を発揮するのです。
特有の甘えが発生するメカニズム
特有の甘えが発生する“天邪⻤”のメカニズムは、甘えることを抑えているから生じます。
この人は甘えても許してくれる、それ以上に喜んでくれると分かっているのに、自分が抑えているので、自分に対する怒りがこみ上げてきます。損をした気分になります。
この悔しさ、怒りが強くて重いほど、自分が受け止めることができず、「あなたがいなかったらと私はこんな辛い思いしなくて済むのに・・・」と思ってしまうのです。
「あなたのせいよ」と可愛さ余って憎さ百倍になり、屈折した怒りをぶつけて、相手を傷つけることで痛みを分かち合おうとするのです。
アサーティブからかけ離れていて、本質の解決にはならないし、理解してもらえないとますます自分が不利になるしかありません。
それでもやってしまうのは、感情が暴走しているからです。
間尺に合わなくても、とりあえず、やらずにいられなくなるのです。
間尺に合わないことをやってしまえる背景には「分かってくれる」という信頼があります。
分かってくれると思える信頼感が甘えなのです。
そうして屈折した甘えを達成することで埋め合わせをしているのです。
自分の言動に自分が振り回されるようになる
こんな複雑なことをしていると、相手は理論的に整理できなくなってきて「?」となります。
“天邪⻤”な⼥性自身も、⾃分の⾔動が本⾳と裏腹なので、相⼿の⾔動も本⾳なのか、それとも⾃分と同じ様に真逆の気持ちなのか、良く分からなくなってきます。
⾃業⾃得ですが、相⼿の本⾳を知りたkすなります。
もともと相手の本音を知ってからでなければ、⾃分の気持ちを伝えようとはしない性格ですが、ますます強くならざる得ません。
そこで相⼿の気持ちを確かめたくなり、心とは裏腹な真逆な言動をして反応を観察するために守りに徹します。一連のプロセスは防衛本能がもたらす出来事です。
そもそもの原因は自分にあり、男性にすれば面倒くさい奴という思いをますます強くします。
ここで男性が試されることになります。もし自分のことを大切に思ってくれるなら我慢してくれるだろう。我慢してくれないのなら、もうあんな思いは嫌だから仕方ないわ。
天邪鬼が知りたいのは「もうあんな思いはしなくていいのね」
“天邪⻤”な不器用女子が知りたい答えは
「もうあんな思いは嫌だから仕方ないわ。」なのか
「もうあんな思いはしなくていいのね」のどちらかです。
もちろん、本当に知りたいのは「もうあんな思いはしなくていいのね」です。
人生を諦めるのか、人生に希望が持つことが許されるのか、
“天邪⻤”な不器用女子の関心はそこに集中しています。
彼女の“天邪⻤”な心には閉ざされた悲しいトラウマが潜んでいます。
真の愛情生活とは、希望の扉が開かれた世界です。
自分をアサーティブに表現できる世界です。
「もうあんな思いはさせたくない」を実践する男性との出会いに向けて
人はいろいろです。
悲しいトラウマに苦しむあなたに、「もうあんな思いはさせたくない」と手を差し伸べてくる男性はきっといます。
不器用女子の“天邪⻤”なシステムは、差し伸べられた手に唾をはき、手を払うでしょう。
理不尽な理由を探り、答えを必ず見つける人は見つけます。
葉が枝から落ちるのは、木枝が生きる残るための戦略であるように、落とされた葉は枯葉になってもあなたを守ろうとします。
アサーティブな自分は自分のために使われるものではなく、他者のために使われるものだからです。
完璧な結果に囚われて自分自身を発揮できないというのは本末転倒です。
結果に囚われず、自分の心身を完璧なまでに使いこなす努力をする・・・これがアサーティブです。
まとめ
いつも見られている(見張られている)気がする、いやでも意識しなければならない環境にいたせいです。
- “天邪⻤”な人にはトラウマが存在している
- “天邪⻤”は自分を守るための言動
- “天邪⻤”は人生全般を後悔する危険がある
- “天邪⻤”をシステム思考してリスクを認知する
- “天邪⻤”のメリットとデメリットを分類する
- 本当の幸せな状態を認知してアサーティブとの因果関係を理解する
- アサーティブが理解できると“天邪⻤”が自然に低減される
順次、ご説明していきます。
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