映画『エルヴィス』を観たヒトなら記憶しているはずだ。最初のステージで若い女性たちが叫び出す光景を。そして留めとなるのが、メガネをかけた中年女性が立ち上がって声を限りに腹の底からの金切声で叫び出すのを。
あの女性はサンレコードでエルヴィスが自費で録音したとき、受け付けてくれたマリオン・カイスカーでした。
彼女は抑えることができなくなって絶叫します。
事実と映画の違いは映画がロカビリーだったのに対して、事実はバラードで、その時歌ったのが<アイル・ネヴァー・レット・ユー・ゴー・リトル・ダーリン>つまり<あなたを離さない/I’ll Never Let You Go (Little Darlin’)>だったのです。
ステージで歌う以前にサンレコード・スタジオでエルヴィスはマリオン・カイスカー相手にじっと見つめて歌ったことがあり、彼女の脳裏にはその時の光景と重なって正常でいられなくなったのです。
カントリーをブルースに、そしてロックンロールに。
ロカビリー誕生を予感させる40年代のカントリー・ミュージックにブギ・ウギのリズムを取り入れ誕生したヒルビリー。その後ヒルビリーは、ロカビリー、ロックン・ロールへと形を変えていくことになる。ロカビリー・ミュージックのルーツを知る上で欠かすことの出来ない。ロカビリーの誕生に多大な影響を与えたザ・メロディーキャッツのニックネームで知られるジミー・ウェークリーがデッカ時代に録音した自作自演曲<あなたを離さない/I’ll Never Let You Go (Little Darlin’)>
▼まずはオリジネル。ヒルビリーにもなっていないジミー・ウェークリーの<あなたを離さない/I’ll Never Let You Go>で、白っぽい、カントリーの世界をご堪能ください。
あなたを離さない/I’ll Never Let You Go (Little Darlin’)
サン時代の我らがTHE ONE AND ONLY。
開拓者エルヴィス・プレスリー54年9月10日にサンレコーソスタジオで録音していたものを初のアルバム『エルヴィス・プレスリー登場』に収録して56年3月にリリースした。
さて、ジミー・ウェークリーの<あなたを離さない/I’ll Never Let You Go (Little Darlin’)>との違いは、すぐにわかります。もうこれはカントリーではありませんね。ほぼブルース。特に後半のアップテンポのところの違いは歴然。ホワイトチョコレートからブラッキーでビターなチョコレートへの変身にロカビリーの味わいをお楽しみください。
あなたを離さない、可愛いダーリン
泣かせたりしてごめんね
あなたを離さない、愛しているから
だからお願い、さよならは言わないで
星の光が僕を照らし
月は夜空に悲しみの涙を流す
二度と他の女性など抱けはしない
もし、僕らが別れてしまったら
Oh、あなたを離さない、愛しているから
泣かせたりしてごめんね
悲しませてしまったね
あなたを蔑さない、愛しているから
だからお願い、さよならは言わないで
面白いのは、オリジナルが黒人のブルースをR&Rに変えていく行程と逆だということ。
カントリーをブルースからロックンロールに変えていくのです。
The Stars look down beside meの”me“の黒光りはただものではありません。
<あなたを離さない/I’ll Never Let You Go (Little Darlin’)>の場合、サンレコードスタジオでの1954年の録音なので、まだロックンロールには達していないくて、いかにブルースに近づけるかが課題だったようです。
ところがアップテンポに変わると俄然勢いをあげ、一連のロカビリーに変身します。
エルヴィスは、Oh〜!と思い切り遠くに悲しさを投げたあと、実にノビノビと展開します。
嘆くのはやめたぜ、俺と君の未来は明るよ、どこまでも手を携えて黄金のパラダイスを進んでいこうと歩いていきます。
エルヴィスの本質は、ロカビリーでも、ロックンロールでもなく、ロックンロールを発明した開拓者なのです。
新天地を進む”THE ONE AND ONLY”
<あなたを離さない/I’ll Never Let You Go (Little Darlin’)>は、サンレコードで録音していますが、未発表のまま、 RCAに転籍したので、RCAからアルバム『エルヴィス・プレスリー登場』としてリリースされました。このアルバムはたちまちミリオンセラーになりますが、当時アルバムを買えないティーンエージャーのために全曲シングルカットされました。
自分もメロンまるまる一個買えないので、カットされたものを買いますが、同じですね。
A面にはRCAに移籍後に録音した<座って泣きたい/I’m Gonna Sit Right Down And Cry (Over You)>というアップテンポの曲が収録されていました。こちらは珍しくピアノとビル・ブラックのベースが絡むご機嫌なR&Bでエルヴィスのエモーショナルな泣き節がロックンロールに近づいています。
こうしてエルヴィスは、自身がデビューする前まで占領されていたペリー・コモやパティ・ページ、ハンク・スノウらの世界を一掃し、テイーン・エージャーの国をアメリカ合衆国内に作り上げます。
それはワクワク、キラキラする出来事でした。
映画『エルヴィス』のハンク・スノウ
映画『エルヴィス』ではハンク・スノウのマネジャーをしていた自称トム・パーカー大佐がエルヴィスが全曲カヴァーしたいと言ってると伝えます。
エルヴィス・スタイルでカヴァーするとは「あんたの時代は終わった」という宣言に聞こえたハンク・スノウはいい顔をしません。当時、ハンク・スノウはエルヴィスのアイドルでした。純粋に歌いたかっただけですが、ハンク・スノウはエルヴィスとの巡業を打ち切ります。
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