エルヴィス・プレスリー Kentucky RaIn 雨のケンタッキー

特選ソングス

雨のケンタッキー

あなたがいればスープも暖炉もいらないかも知れない。
多分この男なら言うだろう。

 

雨のケンタッキー

あの映画『グレイスランド』につながっているような曲だ。

こちらはもっとハードボイルドだ。なにしろ土地は広大だ。凍てつく寒さはココロを突き刺す。

 

雨のケンタッキー

雨垂れのようなイントロ。

Seven Ionely days and a dozen towns ago
l reached out one night and you were gone
Don’t know why you’d run
What you’re runnmg to o r from
All I know Is I want to bring you home

七日間の孤独な日々、幾つもの町を探し歩いた
あの夜、手を伸ばしたら、君がいなくなっていた
僕には分からない、なぜ、君が去ったのか
何処へ行こうとしているのか
分かっているのは、僕が君を連れて帰りたいことだけ

雨のケンタッキーで、男は7日間を振り返る。

Seven Ionely days and a dozen towns ago

出所したばかりの男、カーニバルの一団、麻薬中毒者、長距離トラックのドライバー、バックパッカーの外国人、呑んだくれの教師、二人旅のきれいな女、リタイヤした男性と連れ添いのグループ、クルマ泥棒、田舎を捨てて駆け落ちした二人、朝飯を食ってる警官。様々な男たち、女たち。

土地の者しか来そうにない酒場、朝のパンを売る店のストーブ、終夜営業の食堂等が、道路に現れては消える。

男は湯も出ない眠るだけの宿で、終わることのない「なぜ」を考え続ける。ぐるぐる回る過去とあてのない明日。わずかに分かっていることは消えた女への切ない感情だけだ。
手にしていたものは、日ごとに路上にこぼれていく。
流浪の旅。Seven Ionely days 哀愁をおびた少し疲れたようなエルヴィスの低音でこのドラマは始まる。

l reached out one night and you were gone

幸せと不幸が交叉した夜を思い起こす。いつもと何も変わらなかった。
やさしい仕種。思い遣り。どうってことのない会話。朝の日ざしまであと数時間だった。
いつもと同じのなんでもないが、大事な日々が続くはずっだ。
そこにあるはずのやさしい肌の感触がない。音もなく断ち切られた日常。あの夜さえなければ。
夜を憎むような声がnight にこめられている。

Don’t know why you’d run

何が悪かったのか、それさえ分からないまま。考えても考えても理由が分からないのは生き地獄だ。

What you’re runnmg to or from
All I know Is I want to bring you home

どこへ行こうとしているのか?もしかして来た場所に帰ろうとしているのだろうか?
どこから来たのか。bring you home 確かな誠実とやさしさに満ちた声、確かであればあるほど悲しみは深い。エルヴィスらしい声が響く。「いつかきっと」とっても純朴だ。連れ帰ったところであの日常が帰る保証はない。しかしそんなことは考えたこともない声だ。

So I’m walklng In the raln
Thumbing for a rIde
On thls lonely Kentucky back road

こんな裏通りになぜいるのか?決して友好的な町ではない。
クルマには弾丸、間違ってドアでもノックしたら刺されかねない。
こんなところでは誰も拾ってくれない。
救済を求めながら呪っている。
いつの間にか人相まで変わってしまった。

l’ve loved you much too Iong
My love’s too strong to let you go
Never knowing

つい先日まではこの世界は楽しく美しく思えた。
男は愛する女のことを考えることで自分のことを考えずにすんだ。

無言の内に消えた女によっていま、自分は何者なのか、

何をするために生きているのか。突き付けられたその呪縛から逃げるように旅に出た。考えるのは「君」のことばかりだ。
路上に捨てていくのは「自分」の断片。しかし「自分」が「君」になってしまった男には捨てても捨てても目の前には「君」である「自分」があらわれる。

淋しい自分を追い払うために「君」を探す。

what went wrong

「そうだ、オレが何かしたんだ」と男は考える。
誰も他者の心には踏み込めない。支配できないことを思い知らされている。
片方で自分の心にさえ踏み込めないことを知らされる。
いつも一緒に行動し、考え、暮らして来たにもかかわらずふたり、なにより自分を遮断する闇がある。ありきたりと思えた暮らしでさえ、幻でしかなかったのか?
一瞬にして崩れ去った日常。
エルヴィスは悲しみに沈んでいられない気持ちとそれでも襲って来る悲しみを見事に優美な声に集約して聴かせる。悪魔さえ愛している声だ。

ケンタッキーの雨が、激しく降りしきる
目の前には、別の町
その町に、僕は歩いていく
靴に謬みこんだ雨と共に
君を探し求めて
ケンタッキーの冷たい雨の中を
ケンタッキーの冷たい雨の中を

Kentucky raIn keeps pouring down
冷たいケンタッキーの雨が降り続けている

And up ahead’s another town
毎日同じことが繰りかえされる。日常とはそんなものだが、ここにあるのは日常ではない。
こんな日々は日常になるのかと寂寞感が全身を襲う。足下へ血とともに落ちていく。

エルヴィスは慕情と無情を一瞬の「静寂」で鮮やかに対比してみせる。
そこに天使がいるのか、それとも悪魔が微笑んでいるのか。ためらいの静寂。

ThatI,ll go walkIng through
「静寂」
歩いていくのが正しいのか、寒さと風景がめまぐるしく変化する中で根気が薄れそうになる。

静止し、考える。
ためらう。
路上に捨てるのか。
淋しさが全身を駆け抜ける、
空虚。

Wlth the rain in my shoes
「さらに静寂」
焦り、苛立ち、淋しさ、不安、かすかな希望。
靴には雨が住みついた気分。
血さえ雨のように冷たく感じる。
女性コーラスが男の足跡を見ていた空のようにうなだれながら、一緒に悲しんでいる。
かぼそい声だ、誰も男を助けてやれない。消えた彼女以外には。

静寂の後に、一番大事な瞬間が訪れる。

Searching for you
エルヴィス・プレスリーはこの瞬間のために歌っているようだ。
燃える心が冷えた空気を切り裂いて「審判の日」に向かって歩むことを決意する。
たとえそれが悪魔の使途の仕業であっても。
一生で出会う愛は決して多くない。失ってはならないと思えるものがあるなら歩くべきだ。
エルヴィスは判決を恐れながらも意志を示す声を爆発させる。

In the cold Kentucky rain
In the cold Kentucky rain

雨は男の決意に比例して強くなる。無情だ。
男の意志など受け付けない、あざ笑うかのように激しくなる。
男は7日間で知った。
それに立ち向かおうとする声が響く。強くはない、しかし弱くもない。ただ前に進むだけだ。雨の中を。

この歌は「自分の生を生きろ!いくら悩んでも、いくら辛くても自分の生を生きるしかないのだから。」と呟いている。

君の写真を見せた
雑貨店の外のベンチで休んでいた
白髪ヒゲの老人たちに
彼らは言った。うん、確かに、この女はここで見かけたと。
だがな、その記憶ははっきりしないな。
あれは昨日だったか、
いや待て、一昨日だったかもな。

Showed your photograph
To some old gray bearded men
Sitting on a bench outside a general store
outside

そうだ、あの時間を持て余した老人なら知ってるかも知れない。
かれらはここで日常をくり返し眺めながら過ごしているはずだ。

They said, yes, she’s been here

「ひとりだったのか?」聞くのが怖い。聞かなければ。
どうやら旅を続ける熱情だけは無意味でなさそうだ。
かろうじて[日常]はまだそこにあるように思えた。

But their memory wasn’t clear
Was it yesterday,

不安が高まる。またか、またなのか。

no wait

絶望。無慈悲な言葉。
この男には生きていることそのもののなのに、老人たちにはたいした問題ではない。
昨日テレビで、デボラ・カーの映画を見たのと変わらない。いや彼等にはデボラ・カーのほうが大事だ。

Photo by Issara Willenskomer on Unsplash
さっきまで言葉に力があった。
老人から発せられた言葉は老人の言葉ではなかった。希望が息づいて、力に溢れていた。
だが、どうだ、急速に言葉が死に絶えていく。輝きが消え去り、「見なかった」と同じ意味に変わっていく。
老人たちの皺は「そうやってネズミのように同じところを駆け回るしかないんだよ」と言ってるようだ。

the day before

エルヴィスはこの世の無情をその声から映像に変換して差し出して見せる。
この老人たちのような平穏な日々はやってこないのだと。
もしかしたらこの老人たちはわざととぼけて時間を楽しんでいるのかも知れない。
悲しいはずなのに透明なほどに美しい声。

やっと、説教師の車に乗っけてもらった
こんなに冷たい暗い午後に一体、どこに行くのかね、
と彼は尋ねた
車は、雨の中を走り抜けていく
彼は、僕の話にじっと耳を傾け
別れ際に、彼女が見つかるようにと祈ってくれた.

Finally

やっと。自分が何者なのか、自分以外の誰かと話すことで、思い出した。
この7日間、自分が話し続けて来たのは「自分」と「君」だけだった。
いつも目の前には君しかいなかった、どんな町の風景も看板も人も「君」にしか見えなかった。

got a nde with a preacher man
Who asked where are you bound
On suoh a cold dark afternoon

説教師の親切は彼の仕事柄か、それとも人としての優しさなのか?
いまの自分には、どうでもいいことだ。
「自分」と「君」以外の人を交わることで、自分も君もまだ存在していることが感じられる。
このクルマの中はひとときの「避難所」だ。

And we drove on through the rain

このままこのクルマがぶつかってそれで終わりになったら楽だと考えてしまう。
だが、説教師の運転はそういうことにもなりそうにない。
そんな気持ちを察したのか

As he listened I explained
And he left me with a prayer that l’d find you

とりとめのない言葉に相槌を打ちながら、聞いてくれた。
もしかしたら悪魔の使途かもしれない。
「そうして探し続けるんだ。くたばるまで。そう簡単に死なれてたまるもんか。」

右手の四つの指には「L・O・V・E」の文字の刺青。左手には「H・A・T・E」の文字が。
ロバート・ミッチャムが主演、南部を舞台にしたカルト・ムービー『NIGTH OF THE HUNTER』での説教師。母子家庭にとりついた狂気の説教師。深夜枠で放映されていた。

(その成功で同じような狂気のキャラクターで「恐怖の岬』に主演、グレゴリー・ペックを追いかけ回した。後にデ・ニーロでリメイク。)

that l’d find you

雨は止みそうにない。
ふと思い直す。あの説教師はなにを見つけろといったのだろうか。
不吉な予感がする。

ケンタッキーの雨が、激しく降りしきる
目の前には、別の町
その町も、僕は歩いて行く
靴に謬みこんだ雨と共に
君を探し求めて
ケンタッキーの冷たい雨の中を
ケンタッキーの冷たい雨の中を
ケンタッキーの冷たい雨の中を
ケンタッキーの冷たい雨の中を

Kentucky raIn keeps pouring down
And up ahead’s another town
ThatI,ll go walkIng through
Wlth the rain in my shoes

状況はさらにひどくなるばかりだ。靴の中にはさらに雨が入り込んでくる。
「どうだ。もう諦めたいだろう。」と言わんばかりだ。
男はどしゃぶりの雨の中にひとりで立ち、考え、空虚を突き破りながら進んでいく。
苦闘こそが賞賛に価するとでも言わんばかりに。
探しているのは君なのか、自分の墓碑なのか、男以外には誰にも分からない。

静けさを突き破る力のまわりに途方もない寂寞感がまとわりついている。

Searching for you
In the cold Kentucky rain

ブルースが雨のように降ってくる
バレンタイン・デーはこんな男のためにある。

老人たちが出て来て、男の希望を打ち砕くようなことを平然と言う。その後に説教師が出て来て、最後がハッピーエンドでなければ、あの説教師は悪魔なのだ。

雨垂れで始まり、ラストはどしゃぶりで終わる。

ミスター、希望を持つんだ。

 

まとめ

雨垂れのようなイントロ、土砂降りの雨で終わるクライマックス。雨に打たれながら、この男はどうなるのだろう?

一行の歌詞にも、そんなことはないが、そのように聴こえる。

音楽活動に復帰したエルヴィス・プレスリー1969年の歌です。やっぱりうまいし、声もいい。人間の声がする。
大衆の声だ。

結局、死ぬまでリスナーが追いつけなかった、選曲のセンスが優れています。
死んで時間を止めても追いつけないままだ。

 

「雨のケンタッキー」収録アルバム

●ゴールデンレコード第5集
●メンフィスレコード
●オン・ステージ1970 アップグレード盤(ライブ)
●50 WORLDWIDE GOLD HIT
●メンフィス・1969・アンソロジー/サスピシャス・マインド
●ラブソングス

 

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