エルヴィス・プレスリーの悲しき街角/Runaway:1970

エルヴィス・オン・ステージ1970 エルヴィスがいた。

ロックンロールは生き方のアートだ。
エルヴィス・プレスリーは、デル・シャノンの『悲しき街角』でもロックンロールする。

悲しき街角/Runawayは、60年代のアメリカを理解する上で、とても重要で、同時にエルヴィス・プレシリーを理解するうえでも重要です。

ロックンロールとはなんだ、自由の音楽だ、
自由を希求する音楽だ。自由とはなんだ!心豊かに自律することだ。
「悲しき街角」でエルヴィス・プレスリーはなにから逃走しているのでしょう。
一応、歌詞は自分から去ったただひとりの心から愛した女を探してさまよう、自律した人生を愛する女とともに自由に生きるために、逃げる、逃げて、逃げて、逃げます。
それにしても、それほど、一体なにから逃げているのか、よくわかりません。
バックコーラス、スイート・インスプレーショントの掛け合いが素晴らしい!
オールタイム、ロックンロール、キング・オブ・エルヴィス・プレスリーが疾走します!

エルヴィスは生き方

60年代を席巻した「悲しきブーム」の魁、「悲しき街角」

エルヴィス・プレスリーの悲しき悪魔

まさか、エルヴィス・プレスリーがデル・シャノンの『悲しき街角』をカヴァーするとは思わなかった人は多いのではないか?

60年代は。エルヴィス自身の「悲しき悪魔」を筆頭に「悲しき」の大行進でした。何が悲しいのか、猫も杓子も悲しき、悲しき。。。

でも二人はエルヴィスのヒット曲『マリーは恋人』でも、競作していたんですよね。「悲しき街角」と「哀しみ雨音」は両輪でしたね。

69年の最後を飾るライブ盤では、ホイットニー・ヒューストンの母親も加入していた黒人女性たちのコーラスグループ、スイートインスピレーションをお披露目したくて選曲したようなキングらしいシンプルで風格のあるロックナンバーに仕上げています。

『悲しき街角』の特徴的なWhy Whyのサビの部分をエルヴィスは歌わずスイートインスピレーションに任せています。なぜ、逃げるのか?Runawayでは、これが重要です。

孤独な男の心中を語る神の声のようにスイートインスピレーションのコーラスが響きます。

エルヴィスの新解釈とチカラのある声が、抗っても抗っても堕ちていく無力感を強調、舞台劇を見るようなダイナミックさを称賛するオーディエンスの拍手喝采が共感を生み出しています。

1970年2月ラスベガスインターナショナル・ホテル

エルヴィス・オン・ステージ1970

エルヴィス・プレスリー復活の狼煙となったエルヴィス初の2枚組アルバム『FROM MEMPHIS TO VEGAS/FROM VEGAS TO MEMPHIS(1969.11.16)に続いてリリース(1970.6)された1970年2月ラスベガスインターナショナル・ホテル(現ヒルトン・ホテル)でのライヴ盤『エルヴィス・オン・ステージ vol . 2』は、リリースと同時にアルバムチャートをのぼりつめ、瞬く間にミリオンセラーになり71年2月23日にRIAA/ゴールドディスクに認定された。

エルヴィスのオリジナルとも言えるような全曲エルヴィスの新解釈と全く新しい表現によるパフォーマンスの連打で、熱狂の出来映えに泣かせたアルバム。ここでは68年カムバックスペシャルのような革ジャンのエルヴィスはいません。

あっと驚くのが、60年代初期のヒット曲、デル・シャノンの『悲しき街角』はじめ、レイ・プライスの「リリース・ミー」、CCRの「プラウド・メアリー」、トニー・J・ホワイトの「ポーク・サラダ・アニー」、トラディショナルの「シー・シー・ライダー」ジョー・サウスのソウルたっぷりな「ウオーク・ア・マイル・イン・マイ・シューズ」クライマックスにはジルベール・ベコーのシャンソンを英語詞にした「レット・イット・ビー・ミー」などが収録されている。
特にニール・ダイヤモンドの「スィート・キャロライン」では、最高バージョンのパフォーマンスを聴かせる。

「ポーク・サラダ・アニー」「シー・シー・ライダー」「スィート・キャロライン」「プラウド・メアリー」などは、ドキュメンタリー映画『エルビス・オン・ステージ』『エルビス・オン・ツアー』でも紹介され、映画のハイライトにもなっていた。

尚、輸入盤では「サスピシャス・マインド」や「イン・ザ・ゲットー」「のっぽのサリー」「ドント・クライ・ダディ」等6曲を追加収録したヴァージョンになっている。

エルヴィスは、なぜ「悲しき街角/Runaway」を歌ったのか

「悲しき街角」は「ティファニーで朝食を」から生まれた?

エルヴィス・プレスリー「なぜ悲しき街角/Runaway」を歌ったのか、歌詞に理由があります。

もっとも日本人には理解できません。日本人が理解するには、オードリー・ヘップバーン主演映画「ティファニーで朝食を」(トルーマン・カポーティ原作)鑑賞する必要があります。ヘップバーン演じるホリーが偽名でルラメー・ゴライトリーが本名、すでに田舎で結婚していて、村から単身、逃走、ニューヨークにやってくる。

NYの夜の街で生きているホリーを探しに、年の差のある人の良い旦那さんが探しにやってくる。いわば「ティファニーで朝食を」の骨格が「悲しき街角/Runaway」なのです。旦那さんに落ち度はなく、オードリー扮するホリー(ルラメー)は自分に耐えられなくなって逃走したのです。ティファニーの前でドーナツを食べる姿は、悲哀に象徴なのですね。

「ティファニーで朝食を」の著者、トルーマン・カポーティはエルヴィスに強い関心を持っていたといいます。

抑圧からの解放

エルヴィス・プレスリー

50年代終盤「抑圧からの解放」は、エルヴィスのメインテーマでした。
60年代初期は、50年代終盤のエルヴィス登場で激震が走ったアメリカとは打って変わり、冷戦、キューバ危機、人種問題が表面化、古き良きアメリカを訴える共和党ニクソンと、ニューフロンティアを訴えるケネディの戦いにあり、得体の知れない「抑圧からの解放」へ変わらなければの気運が高まっていたのです。結果予想に反してケネディが大統領に就任、暗殺事件とつながります。

変わるために逃走をアメリカ人は必要としていたのです。
激動の60年代終盤、カムバックしたエルヴィスが、ラスベガスのステージに立つことは、68年カムバックスペシャルのような革ジャン、エルヴィスとの訣別を意味します。

同時に「何を歌うか」を考えることになります。エルヴィスは過去の人生を見直し創造する必要に迫られます。そのエポックメーキングな曲に「悲しき街角」さらには「イエスタデー」「ヘイ、ジュード」がピックアップされ、カヴァーという作業を通じで、自身を洗濯しなおすことになります。

ここにエルヴィス・プレスリーの人としての凄みがあります。

エルヴィス・プレスリーの悲しき街角/Runaway:1970

エルヴィス・プレスリーの悲しき街角

歩いていると不思議に思うんだ
僕たちの愛のどこがいけなかったのか

とても強い愛がまだ歩いている
僕たちが一緒に過ごした時間は夢のようだ。
僕は雨の中を歩いていた。

雨音で、痛みを感じるんだ。
君がここにいたらいいのに
この惨めさを終わらせるために、そして僕は

なぜ(なぜなのか)
君は去った
君が、どこにいるんだい。
僕は小さな逃亡をする
逃げるんだ、逃げるんだよ。
逃げるんだ、逃げるんだよ。
逃げるんだ、逃げるんだよ。

君を探して、僕は雨の中を歩いている。
雨音で、痛みを感じるんだ。
君がここにいたらいいのに
この惨めさを終わらせるために、

そして僕はなぜ(なぜなのか)
君は去った

(どうして)なぜ
(なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ)君は去った君は去った

君が、どこにいるんだい。
僕は小さな逃亡をする
逃げるんだ、逃げるんだよ、

君を探して、僕は雨の中を歩いている。
逃げるんだ、逃げるんだよ。
逃げるんだ、逃げるんだよ。
逃げるんだ、逃げるんだよ。

As I walk along I wonder
What went wrong with our love
A love that was so strongAnd as I still walk by
I think off the times we’ve had together
While our hearts were youngI’m a-walking in the rain
Hear it falling and I feel the pain
Wishing you were here by me
To end this miseryAnd I wonder

Why (Why, I wonder)
You went away
Yes, I wonder, where you will stay

My little runaway

Run, run, run, run, runaway
I’m a-walking in the rain
Hear it falling and I feel the pain
Wishing you were here by me
To end this misery And I wonder

(I wonder) Why
(Why, why, why, why, why) You went away

Yes, I wonder, where you will stay
My little runaway
Run, run, run, run, runaway
Run, run, run, run, runaway
Run, run, run, run, runaway

ゴスペルとブルースに畏敬の念を持ち続けたエルヴィス

エルヴィス・プレスリーの悲しき街角

逃げて、逃げて、逃げるんだ
逃げて逃げて、逃げるんだ、逃げるんだよ、

決して報われない、二度と出会えない愛から逃げる男
救われない男の哀しみをバックコーラス、スイートインスピレーションが見抜くように歌います。

大切な愛ほど、思いがけない障害によって破綻します。
なぜ、思いがけない障害が生じるのでしょう。
考えすぎてしまうから。その背景には、こんな幸運は信じられないという思いがあるのではないでしょうか?どうでもいい思いなら、気にもしないから壊れないのです。

悪魔と取引するように、触ってはいけないものに触れてしまう。
エルヴィスがスイートインスピレーションを指揮します。
エルヴィスは歌でも舞台でもなく、愛のプロデユーサーであり、ディレクターであり、アクターのように全体を自信満々に統制します。

「ロックのルーツはゴスペルだ」と言い切って、ゴスペルとブルースに畏敬の念を持ち続けたエルヴィスならではの解釈が光ります。

エルヴィス・プレスリーの悲しき街角

悲しき街角をさまよう男は、自律するために逃げる。
抑圧から逃げずに暮らせる態勢を整えて、自分から去った女と暮らすために、女の哀しみと向き合って生きていくために。

いまとなっては、唯一、愛した女のためにしてやれることは、ひとつ。
「大丈夫、怖くない、君は君でいいんだ。」と言ってやれる自分になる。

ロックンロールはソウルと違う。ロックンロールは生き方だ。

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エルヴィスがいた。

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