60年代

エルヴィスとは何者だったのか。

ライク・ア・ベイビー/Like A Baby

時は2024年。レコーディングは1960年。エルヴィスが宇宙に帰ったのは42歳の時だった。宇宙に帰ってすでに47年が過ぎた。エルヴィスは依然としてキングである。エルヴィスのヴォーカルが、最高にセクシーで艶やかでヌレヌレのオーラに圧倒される。凄まじい美声は、入隊中の休暇を利用して録音した「ア・フール・サッチ・アズ・アイ」と双璧と言ってよく、とろけてしまいそうになる。それにしてもブルースと言えば決まって同じ表現になる我が国のミュージシャンと違い、常に我が道を征くエルヴィスの潔さがカッコイイ。この潔さこそロックンロールを世に送り出した原動力です。
エルヴィスがいた。

エニーシング・ザッツ・パート・オブ・ユー/Anything That’s Part Of You:61

1961年10月15日に録音した<エニーシング・ザッツ・パート・オブ・ユー/Anything That's Part Of You>は1962年4月に<グッド・ラック・チャーム>のB面に収録されてヒットした。ミディアムテンポなエモーシュナル...
全映画研究

好きだよ、ベイビー/C’mon Everybody:1964

エルヴィスの声のロックな掠れ具合が素敵です。しかも全編通してラフな感じが最高! <ハートブレイク・ホテル>や<ハウンド・ドッグ>に間に合わなかった遅れてきたヒトにエルヴィスが捧げるような熱唱がガソリンとタイヤ棍と共にアメリカらしい音を響かせ...
特選ソングス

サレンダー/Surrender:1960

エルヴィス・プレスリーの<サレンダー>は、60年10月30日に録音、販売は翌年61年2月5日、世界的大ヒットになった、アメリカでは500万枚を記録位した。 <イッツ・ナウ。オア・ネバー>に続くにイタリアン・ソングで、原曲の<帰れソレント>は...
エルヴィスがいた。

アカプルコの海/Fun in Acapulco:1963

1963年暮れにリリースされたサントラアルバム『アカプルコの海』の映画が公開されたのは、翌年の春休みシーズンで、続いてゴールデンウィークには『ラスベガス万才』が公開されました。それぞれ映画の趣が違い、サントラも全く違った味わいが楽しい傑作揃...
エルヴィスがいた。

悲しき悪魔 /(You’re The) Devil In Disguise:1963

エルヴィスのゴールデンレコード第三集のリリースの3ヶ月前にリリースされたシングル盤は、1963年5月26・27日にナッシュビルで録音した14曲からまず2曲をシングルカットしてリリースされた。 エルヴィスはスタジオ入りするまで<悲しき悪魔>の...
エルヴィスがいた。

Angel/エンジェル:62

1962年に全米公開されたエルヴィス・プレスリー、9本目の映画となる『夢の渚(Follow That Dream)』は、エルヴィスがウォルター・ミリッシュ(Walter Mortimer Mirisch)のプロデュースで制作したコメディのひ...
特選ソングス

広い世界のチャンピオン/King Of The Whole Wide World:1962

<広い世界のチャンピオン>は、ビートの効いた軽快なロックン・ロールでエルヴィスの痛快なシャウトが、ブーツ・ランドルフのサックスと絡んで冴えるのが魅力!HOTIOOでもスマッシュ・ヒットを記録している。この曲でエルヴィスの虜になったといっても...
特選ソングス

本命はお前だ/Stuck on You:1960

母親から受け継いだ生への基本姿勢。母を頼りにし、母を愛し、幼い時から母を懸命に守ろうして生まれた情念の凄さ、言葉にできない生への熱い願いと挫折感の激突が、人の胸を抉るように、ロックンロールした。バラードもエルヴィスの姿勢はロックンロールだ。どのような歌もエルヴィス・プレスリーというカテゴリーだ。
特選ソングス

愛はやさしく/Tender Feeling:1964

この小さな曲<愛はやさしく/Tender Feeling>がメンフィスの空から降ってきて、人々の目から涙がこぼれ落ちて、鳴り止むと数万人の人々が持っていたローソクに火が灯り、一斉にエルヴィスのお墓に向かって歩き出した光景が忘れられません。嗚...
特選ソングス

あの娘が君なら/She’s Not You:1962

あの娘が君なら/She's Not You 時は春、バレンタインデーにぴったりの変幻自在なラブソングが楽しい。ホント、ボクはエルヴィスが最高に大好き。 <あの娘が君なら>は、伝説の映画『アメリカン・グラフィティ』の舞台になった1962年のナ...
特選ソングス

破れたハートを売り物に/One Broken Heart For Sale

M-G-M映画『ヤング・ヤング・パレード(ワールドフェアの出来事)』は、大阪万博の前に1962年にシアトルで開催された万博会場を舞台に医務室勤務の素敵な看護師さん(ジョーン・オブライエン)と繰り広げられるロマンチックなラブ・コメディで、空の...
エルヴィスがいた。

ロカ・フラ・ベイビー/Rock-a-hula Baby:1961

エルヴィスの<ロカ・フラ・ベイビー(61年)>は、美空ひばりの<ロカビリー剣法(58年)>に匹敵する。おおらかな時代だった。歴史は正直だ。日本だけがA面にしたけど、アメリカもイギリスも<好きにならずにいられない>をA面にして、<ロカ・フラ・ベイビー>はB面でしたが、ナンバーワン・ヒットを記録しています。
エルヴィスがいた。

マリーは恋人/ (Marie’s The Name) His Latest Flam:1961

<マリーは恋人/ (Marie's The Name) His Latest Flam>は、<メス・オブ・ブルース><サレンダー><ラスベガス万才><リトル・シスター><サスピション><キス・ミー・クイック>などのドグ・ポーマス(Doc Pomus)&モート・シューマン(Mort Shuman)がエルヴィスのために書き下ろした印象的なナンバー。
エルヴィスがいた。

ハワイアンドラム・ソング/Drums Of The Islands:1966

<ハワイアンドラム・ソング/Drums Of The Islands>はエルヴィス・プレスリー主演映画21作目の映画『ハワイアンパラダイス』の挿入曲、映画のクライマックスを雄大に締めくくります。シド・テッパー。ロイ・C・ベネットがトンガの曲をベースに映画のために書き下ろした。
エルヴィスがいた。

メス・オブ・ブルース/A Mess Of Blues:1960

<メス・オブ・ブルース>は、<ラスベガス万才><ひとりぼっちのバラード><リトル・シスター><マリーは恋人><サスピション><キス・ミー・クイック>などの快作のコンビ、ドグ・ポーマス&モート・シューマンがエルヴィスのために書き下ろしたエルヴィス好みのブルージーなロックンロール。
エルヴィスがいた。

その気でいこう/Let Your Self Go:1968

<その気でいこう>は、<アメリカ魂><ステイ・アウェイ>、<ユール・ネヴァー・ウォーク・アローン>の後を承けて<おしゃべりはやめて>、<明日への願い>と繋がる『TVスペシャル』直前のサントラだ。自分を出せばいいだけさ(自分を出して)は自身への、そしてすべての若者への呼びかけのようだ。エルヴィスが来た!
エルヴィスがいた。

青春カーニバル/Roustabout :1964

エルヴィスからやり直そう、自分のやりたいを自分の最高で!サーカスのように若い、ピンク・レモネードのように美しいすてきな世界.。人生はカーニバル、そのつもりで生きよう。君はこの最大のショーの立役者.この世は赤鼻の道化師、虹色の風船、皆の真珠貝。さあ君の真珠をとればいい。すてきなこの世界はエンドレスにワンダフル!
エルヴィスがいた。

ホーム・タウンのストレンジャー/Stranger In My Own Home Town:1969

1969年、ふたたび黄金時代を迎えようとするエルヴィスを迎えるにあたって、名匠チップス・モーマンが率いるアメリカン・サウンド・スタジオは緊張していた。エルヴィスは自然体で70年代の代表曲となる32曲を録音した。それらは主に2枚のオリジナル・アルバムに振り分けてリリースされ男性ファンの心を鷲掴みした。
エルヴィスがいた。

クライング・イン・ザ・チャペル/Crying in the Chapel:1960

エルヴィス得意のイントロなしのスタート、ピアノとコーラスが追いかける。エルヴィスならではの音楽への心意気が伺える。エルヴィス屈指のバラードだと思うが、しかしエルヴィスも、身体の一部のようなジョーダネアーズももっと深遠なものを求めていた。リリースは棚上げにされた、