キス・ミー・クイック/Kiss me Quick:1961
セクシーなミディアムテンポな快作。裏面にはTerry Staffordがカヴァーしてヒットさせた<サスピション>一見エルヴィスにそっくりだが、よく聞くとかなり違うし、バックコーラスも違う。エルヴィスは一曲まとめて随所が違うことがわかる。
すでにエルヴィスは、1956年の<ハウンド・ドッグ>の頃から指揮していたのだ。

エルヴィスをカヴァーしていた坂本九のヒット曲『上を向いて歩こう(米国名スキヤキ)』が1963年6月15日付で、ビルボードHot 100で週間1位を獲得したのは、エルヴィス・プレスリーが<悲しき悪魔>をリリースした頃でした。9月には<悲しき悪魔>以前のミリオンセラーを集めた決算レコード『ゴールデンレコード第三集』がリリースされました。<上を向いて歩こう>は坂も世の九という稀代のシンガーの心に宿ったエルヴィスのアクティブでスイートでメロな良い面を引き継いています。私は『上を向いて歩こう』を聴くたびに「恋のKOパンチ』の挿入曲<愛が我が家>を思い出さずにはいられなかった。空気が同じように感じた。

エルヴィスをカヴァーしたTerry Staffordの<サスピション>のヒットなどのように、歌える歌は歌ってヒットさせられたら大きな利益が手に入ると企むものが出てきても不思議ではありません。しかしハートを引き継いていない場合は成功しません。しかしセクシーな<キス・ミー・クイック>は難易度が高かったようです。
61~62というと。映画「アメリカングラフティ」の舞台、大学入学のために呼吸を離れる若者たちの一夜の出来事を描いた群像劇だ。50年代後期のアメリカを描いていないのでエルヴィスらロカビリーの熱気を描いていない。代わりに別格のエルヴィスは封印してエルヴィス時代の名残りを残す「音楽が死んだ日」の異名のあるバディ・ホリーなどアーリーシックスティーズのヒット曲が次々が登場する、日本のロックとはこの時代のポップスがお手本になっている。

サントラアルバム「ブルーハワイ」の記録的な大ヒットの年を過ごしたエルヴィスが1962年になっても勢いは止まらず、<グッドラックチャーム>の大ヒットにはじまり、ビートを抑えたポップなアルバム「POTLUCK」を放ち、なかでもジェリー・リーバイスとマイク・ストーラーがドク・ホーマスと共作したアーリーシックスティーズのミディアムテンポなポップなナンバーでホット100では大ヒット!イギリスではナンバーワンを記録した。

pot luck
この曲がシングルカットされたためか、2ヶ月後リリースされた映画「恋のKOパンチ』からは<広い世界のチャンピオン><愛が我が家><アイ・ガット・ラッキー>など6曲がコンパクトEPアルバムの形でリリースされた。翌月にはサントラアルバム『ガールズ!ガールズ!ガールズ!』をリリース、シングルカットされた<心の届かぬラブレター>がHOT100では大ヒット!60年代前半を代表する名曲の登場だ!歌も映画も多忙なエルヴィスは佳作のオンパレード!

60年代のエルヴィスは軍隊に行っていた間にバディ・ホリーらロカブリー最前線は壊滅し、「アメリカングラフティ」で描かれたように音楽も変わった。エルヴィスの前にエルヴィスはなく、マネジャーのトム・パーカーにアイデアはなく、映画で稼ぐしかないエルヴィスは孤立無援の状態だった。そんななかにあってエルヴィスはロックを大人も楽しめる音楽に進化させた。
音楽とは、古来より人々の中で娯楽、宗教、儀式、生活と密接に関わってきた心の集まりであり、音楽のジャンルとはその音の集積だ。エルヴィスの音楽はアメリカ人の魂のふるさとであり、中でもロックはゴスペルから生まれたものだというのがエルヴィスの定説である。一方、カントリーミュージックは、アメリカに渡ってきた移民や有色人種のそれぞれの祖国の音楽、またネイティブインディアンの音楽が融合した民族音楽の一つである。
エルヴィスは<キス・ミー・クイック>で、その全てを体現している。それはアメリカ人のルーツを体現している。

エルヴィスが残した影響は測り知れない。ビートルズ、フランク・シナトラをはじめ、数えきれない人々が、その影響を認めている。クラシック界の巨匠レナード・バーンスタインは、「エルヴィスは、20世紀最大の文化的影響力であり、全てのものにビートを持ち込んだ。音楽や言語、服装など、それは全く新しい一つの社会革命だった」と述べた。またリトル・リチャードは、「エルヴィスは、統合者だ。天恵だ。当時、ブラック・ミュージックが入れる場所はなかった。彼が、ブラック・ミュージックに扉を開けてくれた」と述べた。エルトン・ジョンは、「彼は、僕の音楽に対する考えを完全に変えてしまった」と述べている。

エルヴィスの音楽のルーツは、人種差別が最も厳しいアメリカ南部、生まれてから13年間を過ごしたミシシッピ州テュペロだった。

そこは「バイブル・ベルト(熱狂的宗教地域)」のど真ん中でもある。映画『エルヴィス』の中で、バズ・ラーマン監督は、そのルーツを分かりやすい二つの象徴を用いて表している。
一つは黒人地区の空き地に張られたテント、もう一つは同じ町の粗末な集会小屋だ。
「Revival(信仰復興集会)」と書かれたテントはゴスペルと祈りが炸裂する聖なる館であり、扇情的なブルースで蒸せる集会小屋は世俗の館だ。少年エルヴィスはその二つの場所に忍び込んで、黒人音楽の洗礼を受けた。『カムバック・スペシャル』のディレクターのスティーヴ・ビンダーは、初めて会ったエルヴィスが南部の出身でありながら、人種偏見を超えた男であることを知って驚いた。
キング牧師とロバート・ケネディの暗殺のニュースに衝撃を受け、悲嘆にくれるエルヴィスの姿を目の当たりにして驚きを隠せなかった。ビンダーは、そんなエルヴィスをフィナーレの曲「明日への願い(If I Can Dream)」に託して、アメリカ国民に伝えることが自の使命だと思うようになった。それは、キング牧師の演説「I Have a Dream」に応える歌だった。差別や抑圧のない平和と自由を訴えるエルヴィスの声は圧倒的だった。

エルヴィスに捧げられた献花


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