NEVER
MIND/SEX PISTOLS
またもやの騒音。そしてとてもおいしい。こんなに部屋の空気をきれいにしてくれるレコードはほかにはない。「ぼくにはまったく理解できない」そう、そうなんだ。このレコードには、セックス・ピストルズのほかの三枚のシングル、〈アナーキー・イン・ザ・UK〉やくゴッド・セイヴ・ザ・クイーン>や<プリティー・ヴェイカント>の初歩的な「おまえなんか知るか!」より、さきに進んだ政治的発言がある(グループ崩壊後に一連の残りものを寄せ集めた「製品」をのぞくと、ピストルズのシングルは全部で四枚で、<ホリデイズ・イン・ザ・サン>はその最後になる)。
既存の権力との大胆な対立は(「ぼくたちはとても、そうとてもうつろだ、それでいい、かまうもんか!」)、そうする以外には、いうべき政治的な発言を考えることさえむずかしいといった、ひとつの政治的意識の根本的な表現だ(もうひとつ、ロックンローラーにはあまりなじみがないが、力をたくわえてつぎの出番をうかがうという、現状肯定の立場をとる方法もある)。しかしくホリデイズ・イン・ザ・サン>には、もうひとつ別のものがある。この曲は、かつてなかったほど大きな声で鮮明に告げているのだ-----「王様は裸だ」と。それ自体はよいことでもわるいことでもない(裸に対して強硬な意見を持っている人でもないかぎりは)。このことが重要なのは、大衆の総意というものが無視し否定し、あるいは見ることができない大きなある現実に、人々の関心をむけさせるからだ。「ぼくには、これはまったく理解できない」このことばには大きな意味がある。「ぼくは正しくて、おまえがわるい」という戦いには終わりがなく、つねに「新しい上司が現われる。前のとかわらないやつが」という結果があるだけだ。そういう戦いをこえたところ、単なる「おまなんか知るか!」をこえたところ。そこに、可能性がある。広がりつつある人々の集合的意識の可能性、ほんものの集合的な意識に近いものをつかむきっかけがある。それは、ぼくたち、幸せな大衆の総意というものの欠陥を知ること-----わからない謎があることを知ることからはじまる。1977年。まだベルリンの壁があった時代。ベルリンの壁、いったいそれは何なんだ、という大声の質問。音楽的には、非常に男性的なレコードだ。壁を倒せるぐらい力強く、怒ったヴォーカリストに完壁に焦点をあわせたリフ、自分の手で切りさいて、これをくらえといっている自分を空想させるギター。大いに興奮する、大いにエネルギーを消耗する音楽。とても満ちたりた気分にさせてくれる。歌詞は-----歌詞はほとんど聞きとれないが、すこしするとわかってくる。オリジナルのシングルを持っているなら、ジャケットに絵がついていて、ぼくは気にいっている。休暇中のこぎれいな家族の漫画で、吹きだしに歌詞から抜きだした台詞が書きこまれている。男の子と女の子が砂遊びをしていて、女の子が「太陽の下のお休みなんていや。新しいベルセンに行きたいの」といい、男の子が「経済的には余裕ができたから、歴史を見にいきたい」といっている。堂々としたドイツ風の建物のまえで、いかにもヒップだといわんばかりのなりをした若い夫婦が笑っていて、夫が「他人の悲惨を踏み台にしたお手軽な休日」といっている(レコードの冒頭で、こもった声でこのことばが発せられる。単なる道徳的観点からの意見というだけでなく、とても辛辣で皮肉で重たい社会批判になっている)。
ここで歌を歌っている人間は、過去ではなく現代にある「歴史」を見にいこう(ヨーロッパ大陸へ)と考える。そして旅の一歩ごとに、なぜその旅をするのかと自分に問う。しかし、最終的にはいやおうなく、不可解な.石のおばけの下に立たされている。「ぼくたち」と「彼ら」を隔てる壁、潜在意識のなかに押しこまれていたものが、外に現われて実際の形となっている。それまでの「ヨーロッ。ハ」「現代世界」「何が起こっているか」という日常的認識はまちがっているのだと教える壁。彼はとまどい、そして苦しむ。歌詞と音楽の両面で、彼が壁にぶつかり、乗りこえようとし、くぐりぬけようとしているのが聞こえる。不快と強迫観念と不安、なかでもほんとうに「むこう側に」行けたとき、そこに何があるのかという不安に、彼が身をよじらせているのが聞こえる。ここにある音楽がそのすべてを語っている。はしごを自ら転がり落ちることを歌う歌。ことばがひとつもわからないとしても、この感覚は感じられるはずだ。もっとも危険な種類のニヒリズム-----自己破壊の至福ではなく、新しい意識への孤独で壮絶な目覚めにむかわせる種類のニヒリズム。
「ぼくにはいま、待つ理由ができた。ベルリンの壁だ」通常の意識という永遠につづくサイクル。偽りだが深遠なサイクル。ときどき、そのサイクルをぬけだして、特別な絵画や詩やレコードが出現する。心の部屋を一掃してしまうもの。超自然的な力に特別な刺激をうけた騒音、壁を倒す音。ほんとうは謎なのに、ぼくたちはにこにこしてわかったつもりでいる謎-----それを指摘してつきつける大きな太い矢印。〈ホリデイズ・イン・ザ・サン〉は、そういう種類のレコードだ。そこには、天からあたえられたしるしである悪臭とうなり声がある。(ポール・ウィリアムズ)